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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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そこにシンクロし響き合う

飯舘の冬に響きあう photo 宮本章光

同じ周波数は響き合う。
同じ波長はシンクロする。

それは、何ら無理することなく。
そこに、自動的に通じ合うもの。


すべての存在は、生命が宿るかどうかに関係なく、固有のエネルギーを有し固有の振動周波数を持っていること。
ここに意識が到達しますと、
「肩幅がビシッと馴染む感覚」あるいは「袖丈が合わず違和感が大きい感覚」の、いずれかがダイレクトに伝わってきます。

どちらが良い・よくない。というものではなく、合うか合わないか。
それが、波長があっているか、あっていないか。同じか異なるか。ということ。


そこにシンクロするかどうか。
それは、
自らの心を、まずそこに合わせてゆくことがスタート地点。
ベルトコンベアーに乗って「自動的にエサが運ばれてくる」のを待つのではなく、自らセンサーの波長をチューニングするところから。

わたしたちは、悪平等の下で「飼い慣らされている奴隷」ではありません。
自らの意思によって、自ら望む風景を創り上げるのが役目だと。
そのために、望ましい波長に合わせ響き合い、望む風景を顕現化してゆきます。

素晴らしい仲間と恵まれた環境に感謝申し上げます。
ありがとうございます。



もう「負の力を作り出す」のはやめること

飯舘村飯樋の丘から眺める photo 宮本章光

この意味がわからないですか。
理解できないでしょうか。

いつまでメディアに触れ続けるのですか。
見ないこと。触れないこと。感じないこと。
それは現実逃避でも何でもなく。


触れたものに意識を「合わせる」とは、その対象を認識している状態のこと。
そこに意識が行っている限り、そのエネルギーとシンクロしています。
だから認識できるのであって。

その波長に合わせしまった時点で、その波長が持つエネルギーを自分自身が増幅してしまうことに、まだ氣がつきませんか。
同じ波長を持つ「力」同士が指数関数的に増加するのですから当たり前でしょう。

いつまでこんな世の中が続くんだ!と、叫ぶあなたが自分でその現実をいつまでも作り続けていることに。
いつまで悪は滅びないんだ!と、叫ぶご自身が自分でその悪のエネルギーに火を焚べていることに。


責任感を持って生きる。
とは、
これから先の世に「必要とされないエネルギー・波長」を自ら作り出さない。ということ。

メディアが語るから。
だからご冥福をお祈りします。と祈る。
昨日までは何だったの?ということです。
そして、明日からは再び知らんふり。

そうして負の力を集めそれを悪事に利用する存在は、この地においては決して消えることはないのですから、それに同調して「自分が増幅器」として加担するような行動は慎む。
それが、これからの世を創るための必須条件だと思うのです。

自分が負の力の拡散をし続けるのなら、自分自身がその因果を背負うだけ。
そして、溜め込んだ負のポイントは、必ずどこかで解消しなければならないのです。そういう仕組みだから。


わかっている人はもう行動しています。
理解している人はすでに心から描き出しています。
それは、
単に思慮不足で現実逃避した、浮き足立ったヤワな奴ではなく、これからの望ましい世を本氣で創ろうとしている勇敢な人であることに。

望ましい風景と願う世を明確に描き、その力を拡大してゆきます。
それがいまこの瞬間に課せられた役目ではないかと感じます。

素晴らしい世を切り開くために。
ありがとうございます。



自信を持て!と叫び続けた同級生

飯舘村あいの沢で出会う冬 photo 宮本章光

その昔、幼稚園児時代。
発表会の舞台が定期的に開催されるのは、いまも昔も同じことでしょう。

乗り番ではない園児は客席側で観覧しますが、その中で舞台が変わるごとに「自信を持てっ!」と、叫び続ける。そんな園児の姿がありました。

確かに舞台に乗りますと少なからず緊張します。
普段みたこともないような数の保護者、それに観覧の園児も。
ほぼ全員がかたまってしまって、満足に演技を披露できない子どもたちも少なくなかったはずです。

その中で、ひたすら「自信を持て〜!」と、掛け声を発する。
そんな彼(S君:名前もしっかり覚えています)は、自分の舞台ではかなり緊張が高まり、ぎこちない姿だったようにも記憶しています。
けれども、その一声で場が和むのです。
それは確かでした。

自分の姿を棚に上げておいてなんやねん!的な感覚を少なからず感じてしまったのは事実です。
でも、五十数年経って、その叫び声とその瞬間の風景が鮮明に目の前に蘇ってきたのは、どういう理由でしょうか。


現在、混乱する目の前の出来事に一喜一憂しないよう。
そう伝えられています。
けれども、種々のできごとは、わたしたちが過去に積み重ねてしまった結果が見えているのだと。
それを見て見ぬふりはできないのであって、しっかり・はっきりと認識し、誤った方向への因果を詫び、これから先には「過ちを繰り返さない」ことが大切だと。
そして、
これから先に何を顕現化させたいのかを考えることで、答えが導かれるはずです。


自信を持て!と叫ぶ姿。
それは、いまこそ、その意識が必要な時期を迎えたからだ、と極めて明確に納得するのです。

ありがとうございます。



自分から合わせてみる

飯舘で味わう photo 宮本章光

波長が合う・合わない。
さまざななシチュエーションで語られる言葉だと思います。

すべての存在は、固有の周波数を持つエネルギー体である。
そのように語り続けられています。
ここで理解する必要があるのは、
対象となる事項に関わる「双方」の周波数が合致するときにのみ「合う」ということ。


わたしたちは、ただ口を開けて待っていれば「自動的にエサを与えられる」とさえ揶揄されるような、自ら「能動的に合わせてゆく」動作そのものを忘れ去ってしまったのではないかなと。
それは物理・物質的動作だけではなく。

心で感じるもの、目に見えないものであっても、同じように能動的に合わせてみようとする。
その姿勢が「結果を得るための」プロセスであることを。


行動なくして結果なし。
とは、
この体を酷使して走り回ることではなく(それも旧来の世界では必要であり学びではありましたが)、心で感じるものも、同様に「自分からあわせてみる」「自分から感じてみる」というアクションが不可欠なのだと。
そんな当たり前のことに、あらためて氣づくのです。

なぜなら、それは物理法則そのものだから。
同じ周波数でなければシンクロしないのです。
だからこそ、自分から合わせてみる。
こうして「味見する」ことで「波長が合うのか合わないのか」が、初めて判るのです。

大切なプロセス、重要なアクションを思い出す時を迎えています。

貴重なご縁に感謝申し上げます。
ありがとうございます。





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