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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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周囲へ大きく拡げる暖かい力

この池とともに成長する photo 宮本章光

日々、激しく「降りて」くる強い力。
パタっと止まりました。

黙って周りへ拡げる。
静かに意識を拡大する。
見たいと感じるもの・コトだけを観る。

少なくない数の人たちが、同じように、自分の生み出す暖かい波動を周囲へ波及させていらっしゃる姿。
それは物理的な姿ではなく、目に見えないエネルギーの存在として。
伝わるものは伝わる。

「もっと広く大きく暖かく」拡げるにはどうすれば良いでしょうか。
それを考えてみましょう。
と、一言。
今朝はここで停止・終了しました。


大きな自然の力をこの場に落とし込む。
それがいまのわたしにできることでしょうか。
もちろん、業務上の演奏会記録制作も同じく。

暖かく。
静かに。
穏やかに。

多くの生命と存在が、仕組みとして絡み合う。それが大自然、それが先人の奉った神そのもの。
取り戻してください。
DNAの奥深くに眠るその感覚を。

大きく暖かい波動で響き合うみなさま、ありがとうございます。



「和する日本人」の本質を取り戻す

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「和する」。
この言葉の意味が通じないのであれば、この国の人ではないかもしれません。

辞書に記載するような正確性を持った説明ではなくとも、なんとなくその意味は理解できるでしょう。
和する。その意味を。

大前提として、
わたしたちが日常で目にするもの・コト・話す言葉・食べるものから始まって思考する事項に至るまで「すべてものモノ・コト」は、正反対だったと言っても過言ではない状態に置かれている現状。まず初めに確認・相互理解しておく必要があるでしょう。
それこそが教育洗脳。
もうここで重ねて記すことはいたしません。必要に応じ過去アーカイブを参照いただければ。


ここ数年ずっとお世話になっている理髪店のオーナーとの会話の中で。
「ご親戚や身内に地震の被害はありませんでしたか」と。
ええ、理容業界の定番でしょう。時事問題や社会一般的な話題を話すのは。それが最も早くしかも簡単に共通の話題に乗ることができるからだと思われます。

彼は腕もセンスも良く、細部にまで意識が届く立派な方だと感じます。
そして、彼には何の悪氣もないことは承知の上で、以下続けます。
ストレートに直球で言葉に落とし込みますので刺さりますが、失礼を申し上げる意図は皆無です。

こうした負の力を会話のテーブルに載せると、その負のエネルギーにシンクロしそれを「会話の当事者が増幅」してしまいます。
ここ、難しいところです。
「見て見ぬふりをするのはダメ」というものとは論点のテーブルが異なる点を誤解してはなりません。
負の力は、それを認め受け入れる。ここまでは必須の工程です。
ただ、
それは、もうこの国の人であれば松の内の期間(もっと言えば三が日)で十分に行ってきたはずなのです。
ですから、さらに重ね塗りをしてそこのネガな力を焚き続ける必要はないでしょう。

はい、もちろん現在も現地で大変なご苦労をなさっている方々が存在することは理解しています。
阪神淡路1.17の時点で、実家のお隣まで焼失した経験もあるので、遠く離れた場所の人たちから「大変だったねぇ」などと声をかけられると、心底腹立たしく怒りが爆発したものです。
当時数日間、近隣の方々は、崩壊した家財道具を割り、家の一部だった折れた柱を切りドラム缶に焚べて焼き、頬を流れた涙の跡がススで真っ黒になりながら、ありがとう家具たちありがとう家の柱たち、と唱えながら、その火で暖をとったのでした。

けれど、それも必要な体験と学びだったこと。
ここでしっかりと物事を俯瞰してみます。
それも自分に必要で自分が過去に原因を作ったからこそ結果が生まれているのだと。因果応報。大原則大法則。

この大原則を知る限り、すべて受け入れそういった体験をさせていただいたことに感謝を捧げてこそ、その時点で初めて浄化ができる。と伝えられている通りではないかと。


結論を急ぎます。
「和する」という言葉の本当の意味は、苦しいことをいつまでも苦しいね苦しいね。と傷を舐め合うことではないはずです。
これ、まさに教育洗脳の極みでしょう。
「みんなでお手てつないで全員一等賞」という、いわゆる「悪平等」を刷り込んできたこの国の悪しき歴史です。

であるならば、
「被害はありませんでしたか」ではなく、他の言葉や話題が望ましいに違いありません。
こうやって、メディアは常に「負の力を一般民衆に生じさせ、それをいつまでも拡大し続ける。」のが役目なのであって、同じ波長に触れている限り「自分自身が善の仮面を被った悪」として、その負の力をいつまでも増幅してしまうのではないでしょうか。

言葉を置き換えます。
「和する」とは、
この先に必要とされる望ましい世界を創り出すために、その暖かく明るい力をみんなで束ね併せて大きく広げ、この世・物質次元に顕現化させてゆきましょう。というところを教えてくれています。
よって、
誤った教育により間違った理解として凝り固まった、毒にしかならない「垢」は、早急に流し去ることです。
そして、
この望ましい力と、そうではない負の力、この両極の二つの事項は、
望ましい力の本当の素晴らしさを知るために「その真逆を」体験させていただけたこと。ここにまで意識を巡らせ、感謝を捧げることではないかと感じるのです。

悪平等の誤った洗脳から脱出し、本当の意味での「和する日本人」として、心から暖かい波動を生み出してゆきたく思います。
いつも穏やかな波動をお送りいただける皆さま、ありがとうございます。



わたしたちが「この地で果たす役割」

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心に抱き・心に描き続けます。
それが現実という名の目の前の風景となってゆくからです。

この地点にまで到達できた方々が、この場でシンクロし響き合います。
飛躍的に増えている様子が判ります。


わたしたちが「この地で果たす役割」とは何でしょうか。
それは、
「望ましい現実という名の風景」を創り上げること。


混乱に満ち、恐怖と怒りに溢れ、搾取と侮辱と隷属化される世の中。
誰が作りましたか?
他の人でしょうか?
自分は関係ないと思っていますでしょうか。
故意に仕組まれた、その落とし穴にずっとハマり続けてきました。
被害者かもしれませんが、同時に、その原因はわたしたち自身が作り上げてしまったという点で、加害者・当事者でもあることを。

メディアに触れ、その策略に見事に引っ掛かってきました。
教育という洗脳装置で、自らの心のセンサーを自分自身で台無しにしてきました。
食事という不可避なプロセスで、多くの生命を必要以上に過剰に失ってきました。
宗教という心理ゲームで、いまだに牢獄に居続ける選択をしています。
医療という周到に組み立てられた自滅の道に誘導され、今もなお特定層への富の移転に自分から進んで命を捧げます。
貨幣経済という見事な詐欺に導かれ、今日も今日とてそれを崇拝しその道具に感謝を捧げるという悪趣味に興じます。


だれか他の人が「この現実を作った」のではなく、
わたしたち一人ひとりが「この世の現実」を作り上げてしまったのです。
ええ、そんな意識などまったくないうちに。

騙されていたのかどうか、それは一切関係なく。
結果として「一人ひとりが抱く意識」を束ねたその集合意識がこの地を作りだしてしまったのです。
お見事!としか言いようがありません。
あらゆるモノ・コト・仕組みによって、これでもか!と、洗脳し騙され続けてきた、わたしたち一人ひとり。

繰り返します。
騙されたかどうか、それは関係がありません。
自分たち・わたしたちが心に抱き・描くものがエネルギー集合体として、現実を創り出したのでした。
騙されるには「騙されるだけの因果」が自分にあり、「騙されてしかるべき幼稚で稚拙な魂レベル」にとどまり続ける、自分自身の責任でもあります。


だからこそ。
いま、この瞬間からは「心から創り出す」とてつもなく大きな力・能力を「違う方向へ」使ってみませんか。
ということなのです。
いい・わるい。二極化がどうのこうの。無に至らなければ次の段階へ上がれないだとか。愛と光だとか。
はい、
それらのワードや教えといったものは決して間違いではありません。念のため。

しかし、そのワードで踊る前に、
自分が「抱き・描く」心の中の見えない力に責任を持ちましょう。ってことです。
心で喧嘩し、心で蔑み、心で威嚇し、詐欺と欺瞞のシステムに従事し続けておきながら、愛も光も語れる立場にありませんでしょう。


わたしたちが「この地で果たす役割」は、
この地を、どの次元の存在を目の前にしても恥ずかしくない、悦びと歓喜に満ちた世界に造り替えること。
もちろん、二元性二極化の「学習教室」である限り、両極がともに存在する大前提は残り続けるでしょう。しかも体をお借りしている以上は。
しかし、それを認め・受け入れ・感謝し、その次にはより望ましいほうを選択するだけのこと。

わたしたちが「この地で果たす役割」とは、
取りも直さず「心に抱き・描き、その計り知れない強大な力によって、現実という名の世を創り出すこと」だと。

まだ戯言を言い続けますか。
目に見えないものは信じられないなどと。
まだ「石ころからやり直し50億年コース」を希望しますか。
浮ついてフワっていないで売り上げ上げてこい。勉強していい学校出て高給取りの医者になれ。などと。

さようなら。
すばらしい「学習教材」を与えていただきありがとうございます。
そして、
美しい大自然、素晴らしい仲間に感謝を捧げます。



「いま」を生きるその本質

森から陽を受ける photo 宮本章光

恐れに対処する備えとは何なのか。
今を生きるというその言葉の本質は何なのか。
究極の境地に入ろうとしています。


少なくとも、「物理次元地球の歩き方」を外れた形では、わたしたちの体そのものが存在し得ません。
生きながらえることさえ叶いません。
ところが、
その「制限・枠」の中だけで生きると、今度は進歩や進化が望めません。

制限を無視することはできないながらも、その制限という檻の中で「飼われているだけ」では、何のためにこの地で今生を生きているのか、ということなのです。
ここを超えてゆく必要があるように感じます。
そのための「身と心」「物質社会と精神性」の、両輪を磨き上げるプロセス。
ともに重要なエレメントをどうすれば高められるでしょうか。


この段階に足を踏み入れるには、最低限のエントリーシート審査に合格していなければなりません。
それは、
「洗脳を自分で解く」ということだと思われます。

支配と隷属化の歴史を「知る」こと。
知ったなら「その仕組みを体験させていただけたことに感謝し受け入れ」次の段階に必要な選択をすること。
ところが、この段階でつまずいて足踏み状態ではないでしょうか。

知ることで世の中変わるんだ。けしからん世だったんだ。もっと多くの人知らせなければならない。それが行動するということだ!
と叫び続ける限り、その段階で進歩は停止し、しかもその負のエネルギーに油を注ぎ続ける「自分が悪役になり下がってしまう」ことに氣がつきません。

このたった2段階だけですら超えられないのです。
ですが、
このエントリーシート審査をパスできた方々は、そのあとのプロセスを「思考ではなく心に響くエネルギー」として理解できているはずです。

心が描き出す力を拡大することで、目の前の風景が創り上げられることを。
すべての存在は固有の周波数を持っており、同じ周波数である限り必ず共鳴することを。
次の段階が本試験である限り失敗することはできないのですが、もはやここにたどり着くと、失敗という言葉が存在しなくなってきます。

失敗を「自分が選択しなければよい」だけ。
ここを理解するとともに、選択しない、とはどのように体現するのかも。
極めてシンプルな仕組みだったことを体得してゆきます。
そして、いま本試験真っ最中。
もう答案用紙への記入を終えられた人たちも多いでしょう。
用紙を裏返して席を立ちます。そして会場を後にします。


表に出ると、多くの仲間が迎えてくれますでしょう。
一緒に伸びてゆきましょう、とささやきが届きます。
同じ周波数で響き合う体験。それは「いま」ここで展開されていることに氣がつきます。
この瞬間瞬間を大切にし、その波長を維持・拡大すれば、その先が約束されることにまで。

いまを生きる。
とは、
隷属化支配構造の底辺で刷り込まれた、浮ついた意識・お花畑思考なヤワで現実逃避な姿ではなかったのです。まさに正反対・真逆に染み込んでしまった頑固な垢・教育洗脳でした。
恐怖を根底に刷り込み、常に恐怖と対峙し続け、その負のエネルギーフィールドに縛り付けておくのが目的だったこと。

いまだにエントリーシート段階で燻っているのは恥ずかしさの極みです。
その姿こそを、裸の王様だというのではありませんか。
ご一緒できる方々が一人でも増えますよう、暖かい心持ち、その目に見えない力を広げます。
集合意識の閾(しきい)値が一定ラインを超えない限り、この地の世は変わりませんから。



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