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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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店じまいを決断された人

厳しい冬を乗り越えて photo 宮本章光

「旬(しゅん)」という言葉があります。
どことなく瑞々しさや活力に溢れる感覚が伝わります。

他方、
旬を終える、という使い方をされる場合もあります。
厳しい冬その辛い時期に、目一杯の明るく暖かい力を披露してくれました。
暖かい春を迎え、その労を労う(ねぎらう)感謝のことばを手向けます。


数日前、同業のある方から電話がありました。
年齢は、ほぼひと回り(わたしより11歳年上)違いの、ヘルプで何度か現場をご一緒したり、業務案件をご紹介いただいたり。そんな方。
「もう店じまいしようと思う」との声に、まだまだ活力は残っているものの、ある程度の疲れや鈍った響きを感じました。

過去、この方との電話の会話はいつも一時間超えコース。
非常に頭のキレる(頭脳明晰の意味)人で、一つの対象(項目)について、とんでもなく多くの「並列同時思考」をなさる方でした。
例えば、ある一つの業務機VideoCamera(Camcorder)について語るに際し、
「このモデルは4:2:0記録やけどズーム倍率が高いし、それに重量がマイナーチェンジ前より僅かながら軽くなって...。」といった具合で、一つの対象について、さまざまな視点から考察をなさる。
そして、その考察を会話の中に挟み込んでくるので、話題のフォーカスがどんどん飛び散ってゆきます。

え?、データのハンドリング容量のことを話してましたよね?
で、SDXCカードは256は要る?でも、事故があればすべて道連れで失いますから、128で分割できるなら保険になるでしょ。けれど、○○さんの主業務では、途中でメディア交換できる尺じゃなかったですよね。
あ、2枚をリレー記録の設定にしたら? それ、つなぎ目はどうなるかな?

といった具合で、とめどなく会話が続いたものです。
35年間、お一人でいまのお仕事をされてきたとのことでした。
残念ながら現在では、わたしがお請けできる業務接点はなくなっているので。と会話を終えました。

過去、言葉の端々(はしばし)にビシビシ感じる「あれも話したい・これも話したい」並列思考のそれぞれのレイヤーが手にとるように伝わってきた感覚が消えかかっていること。あるいは、もう「そこまで語る必要もない」とでも言うような感覚に、確かに年齢的な限界かもしれない、と、痛いほど伝わってきたのでした。


旬を終える。
けれど、新たなタイムラインに移行し「何度でも旬は作り出せる」ことを感じます。
それは、この地ではなくとも。
この地この世は、「体と心」をお借りして、その極めて狭く苦しい制限下で学ぶ、永遠に続く脚本の中の「わずか一コマ」でした。

いずれ、自分にも借り物の「衣」をお返しする時がやってきます。
しかし、新たな学びのための地と、未来永劫、決してとどまることのない永遠の成長にフォーカスすればこそ、いまを目一杯生きようと思うのです。
なんてことはない、そんな至ってシンプルな思考と行動があるのみだと理解が追いつきます。




共存共栄の「栄」を根本から認識し直す

共存共栄の本質 photo 宮本章光

卒業後、商社へ就職した時点で、徹底的に叩き込まれた感覚。
それは、
企業の目的は「利益追求にある」ということ。
言い方を変えてみますと「儲けるために存在している」「いかに会社の懐にカネを増やしてゆくか」であると。
(学問的に文字を並べるなら、資本たる株主への利益還元とも。)

世の企業に籍を置くサラリーマン諸氏は、全員一人残らずこの思想が骨の髄まで染み込んでいます。
そうでなければ勤まらない。
この世・この地はそういう仕組みだから。


いま、この宇宙規模の大転換期、すべてを建て替える大掃除のタイミングを迎えています。
ここに異論はないでしょう。
この感覚さえ持ち得ない方々は、物理次元やり直しコース居残り勉強希望なので、もうご縁はありませんし既に視界から消滅しました。

世の中変わらない。貨幣経済の仕組みがある限りは。
まさにその通り。理想とは裏腹に、自分の足許を客観視するにつけ、ここから逃れられないことに失望します。

この仕組み(貨幣経済)は意図的に仕組まれ、特定支配層に富が集中するように作られた詐欺システムである、と認識できているでしょうか。
ここまで理解が到達している方々が、この場でご縁が繋がっているはずですが、そこに「まだ理解が到達していない」方々も一部あるように感じます。
それが証拠に、いまだにそのシステムの一員として働き、自分がその歯車として世の詐欺システムを維持継続し続けていること。そしてそれが「自分の意思表示」であると氣がつかないまま。

僅か2,3年前にも同じような理論展開がありました。
仕事は変えられない。生きるために。
そして、仕方ないから...と、自分の体に毒を入れた人たち、それも一度ならず何度も。あろうことかそれを勲章として掲げた者まで現れた恥ずかしさの極みとも感じる世がそこにありました。

膨大な「負の因果を背負った」のは、自分の意思表示・自分の選択。
背負った負の因果は、今世今生のみならず、その力がバランスしニュートラル(ゼロ)になるまで、必ず解消し続けなければなりません。
すべては自分の選択。
後悔先立たず、という大変貴重な学びでした。


共存共栄とは、
多くの企業が掲げる社是やスローガンにも見受けられます。
そこに語られる美しい文言に異論を唱える意図は皆無です。素晴らしいと思います。
しかし、
「共栄」の「栄」とは、貨幣経済の仕組みの中で「富を築き上げる」ことにしか言及されていません。
少なくとも、この世の企業である限り「例外はなく」儲けることなくして存続できませんから。
巧みに美辞麗句に包まれてはいますが、それは貨幣経済という名の奴隷システムを回し続ける宣言でもあること。社員は誰一人として氣づかず、朝礼でその美辞麗句を繰り返し謳います。
そして、そこで発する言葉・その言霊(ことだま)が自らの因果として延々蓄積されてゆきます。


「共栄の栄」とは、
ともに望ましい生き方を通して学び・成長し、この世あの世、未来永劫、全宇宙に拡大する精神性の成長・成熟に至る姿が語られているはずでした。
論点を蒸し返すことはしませんが、ピラミッド構造の最底辺に隷属化させ、それに氣づかせず、永遠の負のループで奴隷として馬車馬のように走り続けさせることが、故意に仕組まれていた、それがこれまでのこの世。
経済社会などという、これまた美辞麗句に包まれた「他人(他社・他者)から如何に富を奪い取るかレース」だったわけで。
だからこそ、
その悪しきシステムを根本から根絶させ、一からの建て直しを行うのです。それは、個々人一人ひとりが心に描き生み出す、巨大な潜在能力を使いこなすことによって、です。

望ましい風景を描けていますでしょうか。
それは、浮ついて・フワって・お花畑思考だ。と、その顕現化に至る強力なポジティブ波動を持たせないよう・抱かないように仕向けてきた支配者層の企みにしか過ぎなかったのですから、いい加減にその上から目線の蔑視意識を捨てることです。

共栄の「栄」とは、
カネをいかに儲けるかではありません。この先に求められる極めて重要な感覚です。
いつまでやりますか。幸せを引き寄せるために感謝して、お金を手に入れよう...などと。
いつまで続けますか。詐欺システムの一員であり続ける自分の身の振りを。

経済・財政・貨幣経済を新たに学ぼうとなさっている世代の若き存在が、そのプロセスを経たあとに「本来の道」を見出せますよう、心から祈念いたします。




もっともっと勘を磨く?

葉牡丹のきらめき photo 宮本章光

自分から合わせてゆかなければ、その力を感じることはない。

黙って口を開けているだけでベルトコンベアから流れ込むように餌を与えてくれる。そんな隷属化された生き方に満足する人たち。
まだまだ、その体験が足りない。という意思表示ですから、それを尊重し離れます。
さようなら。


さらにセンサー感度を高めるにはどうすれば良いのか。
もっと勘に響く感覚を強めるにはどうしたらよいのか。

その答えは、
「力を抜く。」ではないかと思われること。

受験を経験した方は、きっとその極意が理解できるはずです。
キーっと力んでいる限り、固着した思考が「解けるはずの問題さえもその回答から遠ざかる」原因になっていることを。

力を抜けば、思考のために利用できるメモリー領域が一氣に拡大する感覚があるはずです。
力を抜けば、閉じていた思考回路のあらゆるポートが開放される印象が理解できるはずです。

もっともっと勘を磨く。
しかしその必要はない。ということ。
これが悟りに繋がる感覚かと感じます。

無理に、力でねじ曲げて「ねばならない論」に終始している限り、永遠に到達することのない境地。
無理矢理、わくわくして幸せ掴もう、などとやっている限り、絶対に掴むことができない幸せという感覚。

幸せって何ですか。
モノを手に入れることではなく、そう感じる感覚こそがその答えであることに氣がついていないのです。
支配の世の道具にしか過ぎない貨幣経済というピラミッドの底辺たる奴隷で満足し、貨幣資産を増大することにしか意識が及んでいないのです。

その昔、成人式の式典の祝辞に「人生の成功とは貨幣資産を築き上げ社会的信用と地位を確立すること」と豪語した人があったことを思い出します。もうその御方の会社はありませんし、ご自身もこの世にはいらっしゃいませんが。
ああ、確かにそうだ。と感じるならば、まだまだこの隷属化の仕組みを味わい足りない人なのでしょう。
さようなら。


もっともっと勘を磨く。
その、凝り固まった発想こそが、磨ききれない要因だったと知る時間を迎えました。
自分もずいぶんと遠回りをしてきました。いつものことながら、自らイバラの道を希望する本当に低級な魂だと。

磨く必要がない。という意味ではなく、磨く・磨く・磨け・磨け。と力み続けている限り、その固着した意識が「入学試験」の正解・合格のための回答から遠ざかってしまう最大の原因だと知る必要がありましょう。




「合わせるからこそ受け取れる」をもう一段上がる

美しく響き photo 宮本章光

すべての存在は、固有の振動周波数を持つ。
それは、生命であろうとなかろうと関係なく、無機質な物質の塊であっても。

その波長に合わせてみるからこそ、そこにある目に見えない力やエネルギーを受け取ることが可能になります。
ただ待っていれば「ベルトコンベアに乗って自動的に何かが与えられる」。
そんな隷属化され・家畜化され、能動的に感じようとする感覚が麻痺した状態から卒業したいもの。


中学・高校時代の恩師の言葉。
「ラジオもテレビも、そのチャネルに合わせるから聞いて見ることができる。」
「電波は見えなくても、この周囲には無数に飛び続けている。」
「そこに自分から合わせてゆくからこそ視聴できることに氣づこう。」と。

自分から合わせてゆく。
だからこそ受け取れる。

同じ周波数は必ずシンクロする。
自動的に同じ波長は響き合います。物理法則・大原則。
問題は「その響き合う感覚」を「感じようとしない」自分の心のセンサーが腐っていたことに、氣がつかなければならなかったのです。

スマホもエリア内に居れば自動的に電波を掴みます。
ですが、圏内にいますよ。と感じ取るセンサーとそのアルゴリズムがあればこそ「エリア内」として認識できるのではないでしょうか。
その機能がなければ、アンテナピクトも表示されませんし、センサーチップ自体がシンクロしません。まさに電源Offの状態と同じかと。

なるほど、すべての大原則、同じ周波数は必ず響き合う。これは正しい。
しかし、響き合っているのかどうかを感じる部分が麻痺していては、その現象そのものを認識できない。
こういうことだったと。

そこにあるエネルギーに合わせようと試み、そこにあるものを感じてみる。
自ら能動的にアクションを行うことさえも奪われてしまったことに氣がつきます。
ここまで理解が到達したのなら、あとは、自分で感じようとしてみる。

これこそが、この先の世で必要とされる「行動すること・行動なくして結果なし」であると。
いつまでも肉体を酷使し、走り回り叫び回るのは恥ずかしいと知ります。いえ、それが学び足りないと感じる方々にとっては、その姿こそが自分の意思表示・自分の選択だと納得するとともに、その姿を尊重し見守ります。
それがご自身の表現であると。


美しく華麗に花開く。
彼らは、そこに何を表現しているでしょうか。
そこに心を合わせてゆき感じてみることによって初めて受け取ることが可能だと知ります。
そして、
それをこのように受け取り、このように文字と画像とともに表現してゆきます。
それが、わたしの表現。
どのようにお受け取りいただけますか。




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