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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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コミュニケーションの本質とは

コミュニケーションの本質 photo 宮本章光

おかしいやろ!
狂ってるやろ!
と、叫んでいても何も良いことは起きません。

元からすべてが捏造された世を体験するため、洗脳された感覚を体験するために、この地の学校で学んでいるのですから。
しかも自分から希望したのです。誰一人として例外なく。

叫び踊り続けるのは、単に「おかしい・狂った世をこれほどまでに知ってるぜ!スゲーやろ!それ見たか!」な自己アピール、自己顕示欲と承認欲求の醜い塊にしかならない、と学んだのなら、もうやめることです。
百害あって一利なし。


コミュニケーションとは、旧いタイムライン上の、文字や言葉で表現する形だけではないこと。
いえ、むしろそれはイレギュラーなスタイルなのであって、心と心の波長を同期させることで相互理解に至る方法こそが標準仕様であったことに理解が届きます。

繰り返し何度も何度もこの場で綴ってきました。
言葉や文字という「物質次元的な感覚の延長線上」では、この先の世においては決してコミュニケーションは叶いません。

感じること。これ一択です。
そのためには、感じるためのセンサーを磨くこと。
磨くためには、口にするもの二つ(言霊と食べ物)を徹底的に入れ替えること。でした。

そして「感じる」ためには、これまた洗脳教育の強固なアカを取り除く必要があります。
冷たい水に触れたら、指先が「冷たい」と無意識に感じるのが「感じる感覚だ」と錯覚していることです。
空腹になれば、腹時計が鳴り「腹減った」と自動的に感じるものだ。と思い込んでいることです。

大切なこと・重要なことは、大きな声で先生が教えてくれる。だとか、メディアが大々的に取り上げるから重要度が高いんだ、と判断するような定規・規範となる考え方を徹底的に捨て去ることが必要です。


コミュニケーションとは、
「感じよう」と意識し、感じたいその先の周波数に合わせる「能動的なアクション」が必須だということ。
そうでなければ、自動的に「冷たい」とも「腹減ったグーグー」などとも絶対に与えられないものなのです。
そうでなければ、欲しい波長も欲しくないノイズも、何もかもごちゃ混ぜで「激しくやかましく耐え難い」エネルギーのるつぼに入ったような感覚になってしまうからです。
(はい、既にちょっと道を選び間違えるとその状態に陥ってしまいます。激しくやかましい、耐えがたくうるさいのです。
それは物理的な「音・音量」が大きいのではなく、エネルギー存在の波動が耐え難くやかましく邪魔なのです。)


もうすぐテレパシーが開眼するぞ!と、語る人が増えました。
良いことには違いありません。
しかし、
その使いこなしは、誰かが大きな声で教えてくれるものではありません。

その語りこそ、浮ついて聞こえます。
あぁその道のビジネスだな、と直感的に伝わるようになりましたでしょう?わかるようになってきましたでしょう?

自分から望む周波数にチューニングするのです。
だからこそ、その波長に合焦するのです。
そうでなければ、テレパシー能力を取り戻したなら、"サトラレ"のごとく、何もかもが筒抜けになってしまいますでしょう。


コミュニケーションの本質とは、
望む周波数同士がシンクロすることにより、その同期テーブルの上でエネルギーの交換が発生している現象であること。
この大いなる物理法則を学ぶ時期を迎えています。
これまでに教えられたウソの教科書など捨ててしまいな。もう不要だから。

いつまで叫びますか。いつまで踊り続けますか。





選んだ通りに・望む通りに

選んだ通りに・望む通りに

「選んだ通りに・望む通りに」顕現化してゆきます。
この地を含め、すべての大原則・大法則。

自分はそんなものを選んでいない。
のではなく、
想念として心に抱いた結果を自分で受け取ります。

自分はそんなことを望んでいない。
のではなく、
想念として心に描いた結果が自分に戻ります。


すべては因果の法則。

道端で、誰の目に触れることもなく、通行人に踏みつけられる。
彼らは「自分は選んでいない」と言うでしょうか。

種子が風に乗りそこに落ちたからでしょう。
それが自分の選択でした。

与えられた環境を目一杯楽しみ、
美しい花を披露し、
寿命を迎えれば枯れてゆきます。


選んだ通りに・望む通りに。
結果は、自分の選んだ通りに齎されます。
結果は、自分が望んだ通りのものを受け取ります。

いま、受け取るものは、自ら過去に望んだもの・選んだもの。
そして、
この先に受け取るのは、いま望むこと・いま選択すること。





巨大な氣を感じ響き合う体験を

御神木の神聖なる力に合わせる photo 宮本章光

言葉は不要でしょう。
御神木から発せられる巨大な力、膨大なエネルギーを。

神社巡りガール...(などという言葉があるかどうか不明ですが)的な女性が一人。
時間をかけて御神殿に参っている姿があります。
けれど、
その建物には何もエネルギーを感じません。
この御神木にのみ、大きな氣が宿っていることに氣がつなかいのかもしれません。


何も語りません。
小鳥の囀り以外には何の音もしません。

しかし、
ここにある氣を感じようと心を合わせてみますと、シンクロした瞬間に「膨大な力に圧倒される」感覚を受けます。
その瞬間、それまで見えなかった向こう側に太陽が光り輝く不思議な体験をします。

その力は、暴力的に押し倒すような負の力とは正反対。一切の押し付け感覚がありません。
穏やか。静かに。そして暖かく。

けれども、強烈な力であり恍惚感に通じる大きく「筆舌に尽くしがたい」力があります。
これが御神木たる所以。

この生命に深く感謝を捧げます。
そして、
「触媒・伝道者」として、その力を多くの方々へ伝える役目を果たしたく思います。
左手をこの画面にかざすだけでも感じることができるはず。
この膨大な力に共鳴し、ともに望ましい道を創り出すために。




自分で見極めないとダメ:何に繋がるのか

森の仲間から受け取る photo 宮本章光

標題の通りです。
何に繋がるのか。何にシンクロしているのか。

自分自身でそれを判断しなければ、道を誤ります。
争いや怒りなど、負の力を望む存在そのエネルギーに繋がってしまう人が多いように見えます。


自分の体験を基に、ここしばらくの記事を綴っています。
心地よさなのか、違和感なのか。
穏やかで静かなのか、激しくやかましいのか。

昨日の記事
【インチキ波動に繋がらないよう】2024/07/04(Thu) [ Link ]

のように、当人はまったく氣がつきません。(重ねて自らの体験に基づき記します)
そして、善行を重ねる我こそはヒーローだ・救世主だ!とでも言うような優越感に浸り、政治問題の裏側や知る人の少ない情報、あるいは知られざる宇宙の秘密を提供してやっているんだぞ...的な周波数のエネルギーを強烈に放っています。

心に響くエネルギーは、そのエネルギーが持つ固有の周波数によって決まります。
自分からやかましく自己顕示欲放出し騒ぎ叫ぶだけの人は、それが「趣味」なのでしょうから放っておきたいところですが、周囲にノイズ(注:個人的感覚)を撒き散らすので、その飛沫を受けないよう耳を塞ぐ努力も必要でしょう。

その波動が渦巻くSNSなど最たるもの。
触れない・離れる。これしかありません。
離れられないのであれば、それは中毒症状だと自分から認識することさえできない末期的症状に陥っている証でもあります。


負のエネルギーは、わたしたちの集合意識が「過去に作り出した負の想念」がエネルギー体となって存在している。とされます。
以前は、それは悪事を働く存在があり、それらが欲する力によって吸い上げられていた時期あったようですが、すでに現次元のひとつ上は掃除が完了したとも伝えられます。

となれば、負のエネルギーが消滅するはずなのに、消滅はおろか減少するどころか激しく急増している様子を感じます。
これこそが、この地に生きるわたしたち人間自身が、目の前の混乱によって「踊らされ」、そこに合致する負のエネルギーを増長し、いつまでも焚き続けている証明かと。
(まぁ両方の力をバランスするからこの地が存在できるという原理原則がありますが、それはそれとして横に置きます。)


過去、数年前。
テレビをはじめとするメディアに対しては「自分は覚醒者だし、節操をもって接しているから波動を下げられるような罠には落ちない。」などと高いところから豪語する人がありました。もう消滅しましたが。推して知るべし。
エネルギーのシンクロとは、そんな人間の思考ごときでコントロールされるものではないはずです。

大いなる物理法則。同じ周波数は必ず合致しシンクロするのです。
スマホの電波、今日はわたしは受けたくないから圏外にさせるんだ。などと意思でコントロールできるわけがありません。
(わたしたちは、思考によって目の前を創り上げる驚くべき能力は持ち合わせているはずですが、現時点では12条DNAはスポイルされたまま。この論点はここでは省きます。)


だからこそ、何に繋がるのか。どのような種類のエネルギーに繋がるのか。
自分の意識・意志とは一切関係ないところで、自動的に繋がって「しまう」のが波動エネルギーだと再確認が必要でしょう。
ですから、
望まない種類のエネルギーに触れないこと・離れること。

そうしなければ、いつまでも「自動的に意識を操られてしまう」世が続きます。
しかも、その燃料そのものも「自分が生み出している」のだと。自給自足のネガティブ永久機関を地でやってしまっています。

いま、期限(=崩壊と消滅の期)が到来していますよ。と伝えられているにもかかわらず、それをネタにまるで天変地異が起きて欲しいかのようなコンテンツを作り続ける。そして我こそは予言者なりインフルエンサーなり、でや!でや!と恥ずかしげもなく。
あるいは、それらを視聴し続け、自分自身が「そのエネルギーを焚き続ける」。


いつまでやっていますか。
再び、またこの期においても過去文明の滅亡と同じ過ちを繰り返すのですか?

自分で繋がる先の周波数を見極めななければ、自分の世界は永遠にこのまま負の力が生み出され続けます。
何に繋がるのか。
これが自分の選択ということ。
これが自分の意志表示だと。




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