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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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思考がモノとして顕現化する

美しい波動に響き合う photo 宮本章光

多くを語る必要はなくなりました。

思考は顕現化すること。
想念が時差を経てモノとなること。

想い描くエネルギーが現実となります。
大いなる法則。
素晴らしい仕組み。

仕組みそのもの・森羅万象すべてを「神」として共に生き・歩んだ先人の世界が戻りつつあります。
ありがとうございます。





輝き続ける

輝き続ける photo 宮本章光

ノイズから離れ、
負の力から外れ、
望む道を描きます。

いつまでも輝き続ける美しさを得るために。




もう十分でしょう

七変化の姿 photo 宮本章光

実には毒があるから。触らないように。
え?まだ実になっていませんでしょう。


動物に噛み砕かれると毒が滲み出る(=だから動物には食べられない存在として生きられる)。
でも、
鳥ならば噛み砕かないから、種子の中心部は鳥たちとともに遠くへ移動できる。

「ランタナ/七変化」。彼らはここを狙って氣の遠くなるような進化をしてきたのでしょう。
いえ、あるいはそれさえもDNA操作により、この地「地球」における実験だったのかもしれません。


人間は、騙されて「自分の意志で自分の体に毒を入れる」そんなレベルをいまだにやっています。
それは針を通しての話ではなく、口にする食べ物・飲み物。そして口にする言葉。ことの葉・言霊。

騙されるのは、騙されるだけの精神性レベルであると証明するための大実験。
その壮大な「精神性の成熟度チェック」がいまだに繰り広げられています。

もう十分です。
いつまでも同じ幼児クラスで、同じ教材を学んでも学んでも、何度学んでも学んでも一切成長が見込めない。
もう沢山です。


そこにフォーカスしなければ良いのだと学習しました。
集合意識がどうであれ、そこに自分がシンクロしなければいいのだと体得しました。
自分で歩めばよいのだと。

美しい仲間と新たな世を創り上げる心算はできていますか。
毒だって持っていますよ。それがこの地においては進化と成長のためだったですから。
けれど、
自分からわざわざ毒を選ぶ必要はありませんね。という時代に入ったのです。

それが選択。
それが自分の意志表示。
そして、
それがこの先に展開する自分自身の現実創造。





自分が作った過去の想念に縛られている

空を見上げて photo 宮本章光

自分が創り出した「目に見えない」エネルギー。
その実体に自分自身が縛られてしまう。

こうした体験の仕組みが少しづづ認識できるようになってきました。


教育という名の洗脳の落とし物。
仕事という名の隷属化の牢獄。
これらは、
「...でなければならない」
「...しなければならない」
といった、自分の意識状態とは関係なく、その場その環境において否応なく強制される感覚であることです。

これらを否定する意図はここにはありません。
嘗て、こうした仕組みにより経済発展が実現し技術革新が生まれたことは事実です。
ただし、時代も環境も目まぐるしく移り変わります。そして今、大きく工程表のページがめくられたのは疑いないものと思われます。


ようやく精神性の重要性と、物ごとの両輪、物質面とペアとして存在する意味が理解されはじめました。
この過渡期には、誤解と間違った認識に陥るリスクがあることを知る必要がありそうです。

目に見えないエネルギーを感じてみよう。
言葉を話さない存在と心で繋がってみよう。
いわゆる、氣を感じる感覚を磨く体験を能動的に重ねてゆきます。
ところが、
ここで、意図した対象とは異なる力に繋がってしまいます。
そして、それらは「自分が勝手に作り上げていた」上記のような強制体験による過去の想念の塊であると。


美しい花に波長を合わせてみたい。と試みたとします。
しかし、
そこから受け取るものが(例えばの話ですが)「美しい花を披露してあげたんだからしっかりと宿題をやりなさい」などとは送ってこないでしょう。恐らく。

素晴らしい料理を食する機会に、その素材に波長を合わせてみたい。と試行したとします。
そこから放たれるエネルギーには「命を捧げてんだからもっと感謝をしろよ」などとは決して送られてこないはずです。

これらの感覚は、それぞれのタイミングで、必要なことではあるでしょう。
課題は逐一こなさなければなりませんし、命をいただく生命に感謝を捧げるのは必要なことに違いありません。
けれど、
それは「自分の中で勝手に作り出された強制観念」のエネルギーであろうと思われるのです。

何より、そこに「大きな違和感」がキリキリと音を立てるがごとく押して来る時点で、本来の対象から発せられているエネルギーではない。と確信するわけです。

これを妄想というのではありませんか。
勝手に自作自演している状況。


精神性や氣を語るときに必ず湧いてくるノイズ。
それは、思い過ごしだとか妄想だ。という語り。
もうこれで、本来の対象が発するエネルギーと自ら作り上げた負の想念の塊と。しっかり区別できるようになります。

キーワードは「違和感」。
ここでも、違和感が大きな役目を果たすことを知ります。
しかし、さらに理解を進める必要があること。
それは、
違和感とは、自分のその瞬間と「単に異なる周波数」にあわせようとしているだけの物理現象であると。
良いもよくない、も、そこには無いことを重ねて知ります。

すべては、
自分のいまの周波数と、過去に勝手作り出してしまった負の想念と。
波長を認識すればこそ、間違った対象に繋がることはないのだと理解が進みます。





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