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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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常に反対をやる天邪鬼

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常に反対をやる天邪鬼(あまのじゃく)。


思考は操られていることに氣がつきません。
他方、
望む風景は自らの想念から生み出されることを知ろうとしません。

それも選択。
この地の人間は、手の施しようがないレベルと判断されても仕方ないでしょう。
けれども、
耐えに耐えて成長を見守り、ともに伸びてゆこうと試みる地球という存在。
そして、物理実体を持たないエネルギー存在。

学び終えたなら、
知り得たなら、
その貴重な体験を糧としてさらに階段を登ります。
なぜなら、
成長・拡大し進化し続けるのが標準仕様だからです。

常にその真逆へと向かい、手がつけれらなくなった負の因果を解消できなくなる臨界点を超えた過去文明。
すべてフォーマットし直しOSレベルから再インストール構築した、6度目や7度目とされる現在のこの地。

そんなもの知らん?
そんなこと考えたことないから理解できん?
それなら、
いま、ここで考えではいかがですか?なぜその行動とらないのでしょう。


常に真逆ばかり。
いつも正反対しかやらない地球人。

救世主を待ち続けるその姿勢・態度から導き出されるのは、
再び繰り返す、同じ失敗・過ち。
そして、そこにオールクリア、オールフォーマットの現実が具現化するだけ。
しかもそれを待ち望むかのように、来月はこうなる・来年はこうなる...と、自己顕示欲と承認欲求を吐き出すばかり。

しかし、
再びここにOS再インストールされることはないのだと。
それは既に決定事項と語られている通りでしょう。

常に天邪鬼を続ける「消滅確定な古いレイヤー上の」地球人。
さようなら。
素晴らしい・美しい仲間たちとともに新たな地を創り上げる決意を新たに。





目の前の風景は自分が創り上げる

五鬼城山展望台 photo 宮本章光

いつまでも「隷属化のためのツール」を崇拝していても身包み剥がされるだけ。
そして、誰か・何処かのターゲットを批判し自己アピール・自己顕示欲と承認欲求の醜い塊をwebに吐いて、負の因果をさらに積み上げ続ける。

な〜んにも学ばない地球人。
永遠に同じ失敗を繰り返す幼稚な魂。

どうしてそんなことが判らない?
小学生の時から常にその言葉が先走る、そんな感覚を持ち続けていました。
しかし、
そう思っているから、周りは「学べない幼稚な魂存在」しか具現化してこなかった、ということを学びます。


目の前の風景は自分で創り上げない限り、自動的に変わることはありません。
その本質を本当に理解できているでしょうか。
風景とは、
単なる写真に写る景色のことではないのです。





ホンモノは桁違いに大きい

森にある大きな力 photo 宮本章光

そこにある膨大な力を。
ここにある巨大なエネルギーを。

感じようとし受け取ろうとすれば手に入れることができます。


無理に感じよう、などと意識する必要はありません。
自然と、そのように響きあうようスイッチが入るはずです。

入らないのであれば、
それは、その瞬間に「同じ周波数」にならなかったという単なる現象に過ぎないのだと。
無理に、努力して、合わせようなどとする必要がないことを知ります。

自動的に、そのようになる時にはなるものです。
感謝も同じ。
毎日10個書き連ねる。それは確かに形から入ることでそこにシフトしようとするアシストの力にはなるでしょう。
その効果は否定しません。
カメラも同じ。多くの生徒さんの事例も見てきました。
300万もかけて最高の機器を揃えた。だから...。という論法。
だから?何?
ではありますが、形から入ることでモチベーションアップの助けになることは否定いたしません。


けれど、上記のように「自動的に」「自然にそうなる」体験をしますと、そういったアシストに頼る場合の「達成感・到達レベル」とは桁違いに大きな結果を得られることに氣がつきます。
感謝に至っては、
溢れかえる恍惚感、とめどなく湧き上がる感覚。感謝を伝えずにはいられなくなります。
こうして生かせていただき学ぶ体験をさせていただけることに。
それがホンモノ。

イヤイヤ宿題をやっても時間が経つばかり。身につかないどころか何の役にも立ちません。
家庭教師がアシストすることにより回答欄に記入できたとしても、実力を磨き上げることにはならないのと同じでしょう。

本当に美味しい米を口にすると、格安だけをウリにした米はもう食べることはできないでしょう。
同じだと思います。
ホンモノは「桁違い」に巨大な力を持っています。

ホンモノの膨大なエネルギーに触れる体験をすることです。
どうすれば良いかわからない?
それは自分で考え、自分で行動することでしか体得できません。
ノイズにまみれ、体を痛めつける食べ物を口にし、よくない言葉を発し、走りまわり、早いこと安いこと・利益の最大化こそが美徳、貨幣資産の増大こそが幸せだ。などと、いまだにやっている限り永遠に無理でしょう。
カネは支配者層が仕組んだ隷属化のための道具だったのですから、それに対して感謝だとかやっている姿は恥ずかしさを通り越して見苦しい。
そんなツールは、早晩なくしてしまう世の中を、わたしたち一人ひとりの心の中から創り上げるのです。
勿論、一朝一夕にはゆきません。
けれど感謝に通づる大きな心は、その方向にこそ使うのです。間違った方向に束ねてはなりません。いいですか。

まして、いつまでも狂った世の裏側を知れ!人口削減されてんだよ!と叫ぶことが行動ではありません。いつまでビギナー編をやっていますか。
それは、その体験が「足りない」人が自ら示している「わたしは初等教育もっと受けますこの先もずっとやります」宣言なのであって、自分からその泥沼に「落ちてゆく」必要などまったくありません。
この国の教育は、「最低レベル」に合わせるという「出る杭を叩き潰し成長を妨げる」政策が採られてきたのですから、そんな珍奇で害悪にしかならない思想など捨ててしまえばいい。

自分から伸びるだけ伸びればよい。
自分から進めるだけ進めればいい。

そこにある膨大なエネルギーと響き合うことで、目に見えない世界からこの地に顕現化させてゆきます。
それが役目。
それがこの地に生きる人間の役割です。





それぞれの夏から学ぶ

それぞれの風景 photo 宮本章光

それぞれの道。
それぞれの空間。

一人ひとりが創り上げる風景。
一人ひとりが作り出す現実と近未来。

それぞれの夏は、
それぞれの「いま」によって「さまざまな現実」となってゆきます。

多様性は個性であり誰も否定できないはずです。
大いなる「一(いつ)」を語るための「言語」を、隷属化のための画一化という枠組みに押し込み論議する危うさを知ること。
その違いさえ理解できないのは、まだ時期尚早・学び足りない証明でもありましょう。





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