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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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対比を味わうために生きている

森の岩場を味わう photo 宮本章光

派手なキャッチを掲げなくても。
煌びやかな衣装を纏わなくても。


わたしたちは、
「対比」を体験し、その大きな落差を感じ、何を思うのか。
その体験をするために、この地に生きています。

味わい尽くします。
そのためにここに来たのですから。
体験し尽くしたでしょうか。
その機会を迎えたなら、感謝を捧げ深く礼を奉ります。

味とは、
味わってみないことには決して理解することができません。
味とは、
それを味わうからこそ、鮮明にそして克明に記憶に刻まれます。

わたしたちは、
対比を味わうためにこの地に生きています。





流れは永遠に

川の流れはいつまでも photo 宮本章光

流れは永遠に。

上流で堰き止められたら止まるでしょ。
途中にダムができたら止まるだろうが。
と、
何かにフォーカスすると、とにかく瞬間的に「否定」するクセ。
もう卒業する時期だと思われます。


台風が人工的に作られるわけがないやろ。
地震が人為的に起こされるわけがないやろ。
そうでしょうか。
なぜあなたはそのように否定するのでしょう。

宇宙人などいるわけがないやろ。
地球以外に生命が存在するはずがないと科学者が言うてるやないかい。
そうでしょうか。

それを洗脳と言うのではありませんか。

で、なんちゃらトラフはどうなりましたか。
結局、叫び踊ったのはメデイアに洗脳された「自分で考える力が弱い・あるいは皆無な」人たちだけ。
スーパーの棚から食品がなくなった?
思考能力の低い人間が、必要以上に買い漁るからでしょう。

自分だけが良ければいいのですか。
自分だけ食べ物を確保すればそれでよいのですか。
買い占めたものは、ご近所に分配してみんな心地よく生活するためだったのですよね?
違うのですか。


そうやっていつまでも自分勝手なことをやる人間が居る限り、この地があらたな心地よさと平穏さを備えた悠久の地になることはないのです。
--みんなで仲良く。だとか言う割に。
--みんなでお手てつないで一等賞だとか言う割には。

自分勝手。自分さえよければそれでいい人間。
今だけカネだけ自分だけ。
と、他人を批判する割には、自分も同じことをやっていませんか。


わくわくして待ちましょうという割には、救いはまだか!と、他力本願。
自分から「変えてゆく」ことと、自分からは「変えられない」ことと。
しっかり見極めて取り組みたいものです。


変えられること、とは、自分が抱く心のエネルギー。自分が描く未来地図。
変えられないこと、とは、大自然の仕組み・大いなる摂理。宇宙のカレンダー。
変えられることから「変えてゆきます」。
それが、望ましい近未来を創り上げるための土台となってゆきます。

洗脳装置が叫び続ける「くだらない声に騙される」のは、あなたの魂レベルがそこまでのもの。という証明でもあります。
騙されるのは騙されるだけの未熟な精神性、騙されるだけの幼稚な思考。そして騙されるだけの因果を産み続けているから。


ともに成長してゆきましょう。と、手を差し伸べる人たち・仲間たちは数多く存在しています。
心の「眼」で見ていますか。
心の「耳」で聞いていますか。
そうすればこそ、その波長に繋がってゆきます。
仲間はあらゆるところに居るのです。
自分から手を伸ばしてみませんか。
「...わけがない」「...はずがない」と否定から入らずに自分から手を伸ばし、頭を下げて詫び、そして感謝の心を忘れずに手をつないでゆきます。

否定するクセを手放さないから、「痛い傷」に触れられるといつまでも頭ごなしに否定する・反論する。
それを続ける限り、崩壊し消滅するこの地とともに消え去る運命を「自分で作り続けて」しまうことに氣づきたいものだと思います。

流れは永遠に続きます。
成長という名の上昇階段を登り続けます。
学びという名の負荷トレーニングに取り組み続けます。
それが仕組みだから。
それが、わたしたちの役目だから。





望む世は望む心の波動により生み出すもの

森の精霊に礼を述べる photo 宮本章光

浅い、薄い。
深みのない精神性の乏しさ、魂レベルの幼稚さが露呈してゆきます。
恥ずかしさが半端なく拡大し続けています。

全体が格上げされるこの大転換期だからこそ、自らもそれに合わせ(あるいはそれ以上に)伸びてゆきたいものです。
他者との比較など、どうでもよいわけで。
自分で自分を磨く。
その意識を忘れず。
恥ずかしい過去の思考・意識は、学び成長し続けるからこそ、変化し拡大し行動そのものを変えてゆきます。


---これほどまでに世の中は腐敗していたんだ。
---これほどまでに酷く騙され続けてきた世の裏側を知れよ!知ることが成長だ!知らせることで世の中を変えるんだ!
と、叫ぶ限り、自分がその負のエネルギーを焚き続けます。

上記のように「全体が底上げされている」いま、それを続けるのは「もはや、自分が悪・負の力そのもの」に成り下がっていることを知れば恥ずかしさの極みに至り、大きな顔をして人前を歩くことさえできないはず。
当然、自戒を込めて。
だからこそ、無限階段を登り続けるのです。


何もネガな裏側を無理に知らなくてもよいのです。
知る必要が出てきたのなら、その人のそれぞれのタイミングで必然的に知ることになるのですから。
知らせることで世の中を変える...などという発想こそ、悪平等に洗脳された恥ずかしい行動かと。

穏やかに風にそよぐ樹々は、悪事を知れ!と叫びますか?
静かに丸くなって眠るネコは、裏側をもっと多くの仲間に知らせる必要があるんだ!と行動しますか?
いつまでも教育洗脳や支配構造の中で隷属化されてきた「クセ」を握りしめたまま、旧いレイヤーの上で踊るのは終わりにしたいもの。
それを「強く握りしめた手を開き離す」のだから「手放す」というのではありませんか。

その姿、
それは、もはや恥ずかしさ以外の何ものでもなくなりつつあります。
それは、自ら輪を掛けて負の因果を増大させるばかりです。
そして、
この地・この世を「さらに痛めさらに苦しめさらに酷い現実」を作り出しているだけの存在となり落ちぶれてゆきます。

心静かに。
心穏やかに。
望む世は、望む心の波動により生み出すもの。
それを、先人は「想念」という言霊に託して使いこなしていたのですから。

この森の息吹を受け取り、それを拡大上昇させてゆきます。
それが望ましいこの先の世の風景であるからです。







「そのまま」でよい

苔の周波数 photo 宮本章光

そのまま。
この言葉の意味を「そのまま」捉えてゆきます。

そのまま?
怠惰に過ごすことではなく、やることはやらなければ...。
だとか考え過ぎない。
だから勘が働かなくなってしまいます。
いつになれば氣がつくでしょうか?

そんなこと心配せずとも、やらねばならないものは必然的に目の前に出現します。
少なくとも、この地・この国で生きている限りは。

生まれたばかりの乳児が、いま泣き叫んだら電車の中だから迷惑になる。などと考えませんでしょう。
砂防ダムにびっしりと根付くコケが、このまま増えてゆけばコンクリートが痛むかも。とも思わないでしょう。


なんちゃらトラフだ、備えよ常に。
などと恐怖を煽ってそのネガなエネルギーを欲しがる存在に「エサ」をやる必要はありません。
これまで散々吸い取られてきたのです。
ですから、
もう必要ありません。そして彼らは消滅してゆくのが定め。
但し、ここに至るまでに学びの教材として存在してくれたことへの感謝の心は手向けて。


そのまま。
力を抜けばよい。
もちろん、力を入れる必要がある瞬間には自然とそうなるものです。

そんなうまい話はないやろ。と心配するから、その心配が現実となりリスクを高め事故や障害に繋がる。
結局、自分が生み出しているんだということ。


そのままでよい。
そのために、勘を磨き、心のセンサーを磨いてきたのはなかったのですか。

そのまま。
心が、直感と違和感の感覚として、しっかりとシグナルを表示してくれます。
そのまま。とは、そういうことだと感じます。





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