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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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負荷をかけた筋力トレーニングのように

空から見護る存在へ礼を伝える photo 宮本章光

以前にも何度かこうした表現をしたことがあります。

個人的には、積極的に筋力トレーニングに取り組んだといった経験はありません。体育会系の出身ではないので。
けれども、負荷をかけることによって筋力を鍛える。そのプロセスは理解できますし実際に経験しています。


これでもか!
と苦しく痛いほどに負荷を掛け続ける。
確かに、その工程があることで結果が得られるのは間違いないでしょう。

精神性の向上と成長にも同様の工程が必要だと。かつてこれほどまでに強く実感することはありませんでした。
もういい。もう沢山です。
と、音を上げる直前まで負荷を掛け続けるのです。

でも、筋肉繊維が破断しないように。
これは自分でコントロールするしかありません。
トレーニングの仕方を誤って筋を痛めるのはビギナーすぎる失敗だと。笑えない事例ではないかと感じます。


破断しそう、とさえ感じる昨今の末期的状況。
しかし、一時的にそこから離れればよい。
それだけだと氣がつきます。

筋力は無限に上昇することがありません。物理実体としてお借りしている体の能力には限界があります。これを傷めるのは本末転倒であり、且つその結果(因果)は自分自身に還ります。
しかし、心の拡大と上昇は無限・無制限だと理解できたならば、適切なインターバルを保持しながら、さらなる高みを目指したいものです。

そして、そのトレーニングは永遠に続きます。
それが大法則だからです。





形を持つことで得られるもの

朽ちた柱に合わせる photo 宮本章光

柱。
人間が人工的に造った山道に架かる橋とその柱。

もとはその樹木の生命存在。
人の手によって木としての生き方を終えたあとにも、このようにさまざまな生物・生命と共存し「ここに実体を持ち続け」ます。

形をとることで得られるもの。
その体験をする場所。この地この地球。

実体生命を持つことで体験できるもの。
劣化・変化、朽ちてゆく時間の流れ。
同じく物理実体を持つ生命との共創共存。

この物質的感覚・触覚と、この時間経過の感覚を体験するために。
形をとることで得られるものは、物理実体を持つものだけに許された膨大な経験値。
積み重ねてゆきます。
それを望み、ここへやって来た以上は。





そこにある波長が呼び寄せる

そこにある波動 photo 宮本章光

過去、カルチャーのクラスで写真・カメラの講座を6〜8件ほど抱えて並走していた時代があります。
ピーク時には3ヶ月待ちで入校していただく方もあった時期です。

その中で、「何をどう撮ったら良いのか分からない」
そんなお声を聞く機会が何度もありました。

いや、それは自動的に感じるものですよ。
とお伝えしても一向に理解いただくことがありませんでした。
今にして思えば、思考のアルゴリズムとでも言うべき発想の始点やプロセスが、完全に違っている人たちだったことが理解できます。
それが良いかよくないか。という観点ではなく。

そうした人たちに共通する「目に見える」行動やスタイルがありました。
それは、
わたしの話す内容・言葉を一字一句記録し尽くすのです。
あるいは、ビデオに撮って自宅で復習する。といったような姿です。

サラッと流してしまうレベルの発言でさえ、ノートに記録するのが間に合わないからゆっくり話して欲しい。とリクエストされることがありました。
いやそれ、どうでもいい言葉ですから。トークの流れで挟んでいる言葉だと思っていただければいいんですよ。
と回答してみても、今度は「これは重要ではない内容」などと記録されるのでした。

中級クラスでは、外へ出て撮影を行いました。
「構図がどうも分からん!」と仰います。
いえ、それは「分かるとか分からない...」ではなくって。
と回答してみても、回答の言葉そのものが理解されていない感覚がありありと伝わってきます。


いま、この期に至ってこそ、この言葉の意味が伝わると思います。
そこに存在する「モノ」や植物をはじめとする「生命」などのすべての存在。
その存在が「発する固有の波長」を感じ、それを受け取り、構図として切り取るわけです。
いまなら十分に伝わるでしょう。理解いただけるはず。

--あぁこの光線の具合がいいよね。
--あぁこの明暗差のバランスが絶妙だよね。
--あぁこの色彩感の対比が素晴らしいよね。

その存在とその場のシチュエーションによって醸し出されている「そこから発せられている波長」に感覚を合わせてゆけばこそ、その瞬間に「いいね」と感じる、その感覚そのエネルギーそのものを示しています。
「いいね」とは、そうしたエネルギーに対してシンクロした瞬間にポジティブな方向に感じる感覚であったはずなのです。

それをSNSのツールに落とし込んで、他者と自分を比較しネガなエネルギーを生み出す装置にしたのは、それはそれは上手い手法に違いありません。
が、そのたった一つのツールがあるだけで余計な思考と負の無限ループに嵌まり込み抜け出せなくなります。
わたしは、その大きな違和感とフリクションに嫌氣がさしたので離れました。


何もかも、反対をやる人たち。
いえ、でもそれはその人のキャラクターでその人独自の発想・思考のスタイルだ。と理解できる時期になりました。
両極どちらも必要なこの地のお約束でした。

「感じたものを切り取る」のが、わたしのスタイルだと。先に感じる感覚があるもの。
だからこそ、普通に道を歩いていても、その場の「波動=エネルギー」に同期した瞬間に一枚撮っている、という行動と結果が生まれます。

これとは異なる発想プロセスで進める人たち。
「光線の具合を見極めて・明暗差を意識して・色の対比について考えて」
これが良いかよくないか。ではなく、それがその人たちの思考のプロセスだと。

ええ、わたしには反対に難しく、とても疲れます。
もちろん、現在の業務上の思考プロセスではこうした脳の使い方が必要な作業工程があるので否定することはありません。特に映像の分野では、この工程が求められるケースが少なくない感覚です。
でも、そのプロセスだけだと撮っていて楽しくない。

楽しい感覚は、そこにある波長が呼び寄せるからこそ、そこに合致し響き合います。
だから楽しい。
エネルギーのシンクロがあるからポジティブ感覚に至る。
そうでないのは、シンクロしていないから繋がることはない。

こうして、大いなる大法則に則った答えが導き出されてゆきます。
そこにある波動に引き寄せられる感覚を知るとともに、その感覚こそが、この先の世界創造には必要だと知る時間を迎えています。





丁寧に

短い夏を過ごす photo 宮本章光

丁寧に聴いてみな。
丁寧に取り組んでみな。
丁寧に受け取ってみな。

丁寧に。
静かに、穏やかに。





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