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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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自分の心は自分で世話をする

ひっそりと美しく photo 宮本章光

当たり前のことができない地球人。

自分から毒を体に入れる。
自分から毒を口にする。
そして、
そのバランスを崩すと、待ってました!とばかりにそれを故意に作り上げた仕組みに世話になる。

2022年7月に、音声配信番組でお話しをさせていただきました。
(アーカイブも公開しています。お聞きになってみてはいかがでしょう?人生あるがまま23回の番組の方で、その終わり近くです。)
【https://and-em.com/RADIO/radio.html】[Link]


50年以上前に、わたしが妹と話した当時の会話を振り返っての言葉。
「食べ物屋さんはどうすればもっと儲かるかな」
「お店(販売)屋さんはどうしたらもっとお客さんが来るかな」
それぞれの答えは、
より魅力的な料理メニューを作る、だとか味に磨きをかける、だとか。あるいは品揃えを流動的に変更する、だとか。

そして、
お医者さんはどうすればもっと儲かるかな?と。
え?それって儲ける仕事?という部分。ここが盲点なのです。
慈善事業ではないわけで、彼らも儲ける必要がある。残念ながらこの地においては。

その答えは「もっと病気になる人が増えること」です。
だから、氣づかないように病気になるようになるように仕組まれてきたのでした。
何を今更。だと思われた方ばかりでしょう。少なくともこの場でご縁をいただいている皆さまにとっては。


いつまでもこの部分に氣がつかない。
いえ、氣づこうとしない。とりも直さず「氣づくことさえできない幼稚な意識レベル」だと自分で示しています。
薬を飲み続け医者にかかり続け、自分が自分を管理できていない、という結果を生んでいることに対し恥ずかしいという感覚さえもない。

しかしながら現在は、そんなレベルをとっくの昔に学び終え、
そのためには口にするものを自ら変えること。そこから体調が激変してゆくプロセスを実体験し学びを得ます。
けれど、
それだけではまだまだ不足であって、口にするもの「ふたつめ」が必須でした。
そのもう一つは「口にする言葉」だと。言霊そのもの。この国の言葉には特別な力が内包されていると語られる通りです。


そしてこの次のフェーズが、少しずつ手探りで見えはじめています。
口にする=言葉になる、その前段階である「思考の段階でその波長に等しいエネルギー」を自ら生み出していること。
この国の先人が使いこなしてきた、想念という感覚そのものです。

言葉になる前の段階で、心に抱く心に描く・意識する目に見えない力。
これを自分の能力として自在にコントロールする時代が目の前まで来ていることが分かります。
だからこそ、余計なノイズに触れないことが大切だと。

その負のエネルギーに意識が合った瞬間に合致してしまうのは物理法則そのものです。
通信エリアに入れば、ネゴシエーション完了の瞬間にアンテナピクトが立ちますでしょう。まったく同じかと。大原則・物理法則。
スマホを振ったら電波を掴みやすい...?だとか、同じく恥ずかしい行動かと。

だから、故意に恐怖を煽り不安や不足に焦点が行くように・合うように、仕向けられてきました。今もなお。
そうすることで、個々人レベルで意識の拡大が実現せず、魂レベル・精神レベルでの成長が故意に停止させられる。
それが支配のため、隷属化のための特定層の目論見だったから。
そこに乗っかって自分を痛めつけるのも自分の選択ではあります。但ししかるべき因果を背負うことは承知の上でです。


幸いなことに、ここまで氣がついた人が激増している様子を感じます。
しかし、です。
そこにフォーカスし続ければ、自分はその負のエネルギー増幅装置に成り下がったままだという、極めて重要なポイントにまでは及ばない。
だから叫び続け、踊り続けてしまう。
この段階を早く卒業したいものです。


騙されるのは騙されるだけの幼稚な魂である証明。
そしてこの次は、ともに享受できる望ましい風景を生み出すことに力を注ぐ。
そのためには、自分の心を自分で世話する必要があります。
それが、自分に責任を持つということではないでしょうか。




穏やかに過ごす・それが役目

静かに穏やかに過ごす photo 宮本章光

静かに。
穏やかに。
平穏な心を維持できれば、平穏な目の前が現実となってゆきます。


いつまでも踊らされない。
いつまでも騙され続けない。

ここまで実践できたなら、
次は、
望ましい風景を描き出す。
望ましい風景を創り出す。


早起きした人が果たす役割は、
この先に必要とされる道を生み出し現実として結実結晶化させることです。

具現化・顕現化には「タイムラグ」があるため、先手先手で仕掛ける必要があります。
足を引っ張って旧いタイムラインに引き留める仕掛けがあるのなら、それにバランスする望ましいタイムラインを創造する仕掛けは、容易いはず。
なぜなら、ともに大きければ大きいほど、エネルギー的にバランスするからです。

これを困難にしてしまうのは、他でもない「人と同じであることが美徳」という洗脳、その強烈な垢をまだ洗い流せず握りしめているから。


恵みの雨とともに洗い流すことです。
浄化の雨とともに一切合切、流し去ることです。
雌雄同体のごとく善と悪・正と負がともに共存するこの地だからこそ。
負の力が大きければ大きいほど、望ましい道を創造する力も大きくなります。

穏やかに過ごします。
それが早起きした者の役目だからです。




ゆく河の流れは絶えずして

ゆく川の流れは絶えずして photo 宮本章光

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。
世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。

たましきの都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き、卑しき、人の住まひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。あるいは去年焼けて今年作れり。あるいは大家滅びて小家となる。住む人もこれに同じ。所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。朝に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水のあわにぞ似たりける。

知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。また知らず、仮の宿り、たがためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。その、あるじとすみかと、無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず。あるいは露落ちて花残れり。残るといへども朝日に枯れぬ。あるいは花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕べを待つことなし。





見て見ぬふりをするのではなくて

御神木へ photo 宮本章光

人工的に作りだされ自在に方向制御される渦を巻く気象状態。
それを「見て見ぬふり」をせよ、というのではないのです。

備えは万全に。
それも必要なアクションでしょう。少なくとも、この地が物理・物質次元である限りは。

ところが、
公共交通機関の計画運休に関する情報を漁り、それをいち早く自分のアカウントでSNSに流す、あるいはコメントや考察をつけてドヤ、と。
そして人の注目を浴びることを目的に、自己顕示欲を満たす。情報は鮮度が命。自分が一番。と悦に入る。
あるいは、
気象衛星画像を漁り、重箱の隅を突いて「これは悪の仕業だ」「こんなに綻び風も吹かんわ」「陰謀論でも何でもなかったやろ」と叫び踊る。
そして人の注意を引き、自己承認欲求を満たす。自分はここまで知り尽くしてるんだぞ。と、同じくSNSで胸を張る。

こうした行動が、負のエネルギーにシンクロし「結果として甚大な被害を生み出す元」を自分が作り、そこに燃料を注ぎ続けているのではありませんか。ということを伝えたく思っています。
先日の記事で例えたところの、自分で自分の指を切り落とすまで「愚を重ね続けて」いることに氣がつかない地球人。


御神木に参ります。雨が降り出す前に。
参道では、何度も「今日参る意図は?」とカラスに訊かれ、しっかり挨拶を忘れずに返答します。
境内では、虹色に輝き目の覚めるような青色の尾を持つトカゲがお出まし。こちらの足元に寄り付きます。
その美しく輝く姿に、美しい姿を見せてくれた感謝の意を捧げ、拝殿に参ります。
宗教は必要ありません。ここを勘違いすることのありませんよう。

森羅万象、すべての存在に感謝を捧げるための媒体。そしてこの地を守り育てていただける存在への御礼をする場所。
御神木の放つエネルギーを浴び、その波長に合わせてゆきます。
そこには、何ら強烈な感覚の力があるわけではなく、ひたすら「静かで心地よい」穏やかな感触の空間があります。

氣とは、アニメのように歯を食いしばってガァー、と投げ飛ばすような緊張感とは異なるはずです。
大変に穏やかで静かです。
何者にも変え難い「静けさ」こそが、暖かく穏やかな風景を創り上げる、そのエネルギーに響き合う感覚なのだと理解しています。

見て見ぬふりをするのではなく、
自分が何を生み出し、何を創り上げることで貢献できるのかを考えます。
それが行動する、ということではないでしょうか。





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