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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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夏の音

鳴きやまないセミの合唱。
そして、近隣の学校から響く吹奏楽部のスケール練習。

夏の朝、おはようございます。

ブログとメルマガが生き残る

先月、当Blogの着せ替え(Official webに統合)をして以来、間口がかなり拡大している様子。
ご訪問いただく皆様のおかげ、と感謝しております。ありがとうございます。

さて、
先日、ある方とこのようなお話しをする機会があった。
「情報がキュレートされすぎて、ありがた迷惑な場面がある。それに本当に欲しい情報が手に入らない。」と。

確かに、現在の主要SNSは「表示の最適化」を掲げ、表示の可否や表示順位の重み付けまでお仕着せになった。「AIにエサをやるための壮大な実験場」であることも知らずにせっせと投稿を繰り返す人たち...。
ともだちと友好を深める、だとか、タダで利用できるし...という声には驚く。
今だに、◯◯のページにいいね!をリクエストしています...と来ると正直引いてしまう。


だが、ブログとメルマガは、発信者と読者がオプトイン関係によって繋がっている。
特にブログに至っては、能動的にサイトを見に行かない限り記事は読めない。

当ブログは、RSSも生きているし多くの巡回も受けている。
ともに既に枯れたメディアかもしれないが、結局はこの二つが今後も生き残るのかもしれない。


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話をすり替える人たち

IMG_1170_2016.jpg
「今の自分の仕事も満足にこなせない輩が選挙だ何だと騒ぐな。」といった文字をwebで目にする。
そして「投票に行く必要なんてねえし、君一人が何をしようと何も変わらねえよ。仕事キッチリやって結果を出すのが先だろ!」と。

若者に向けたその言葉には一見説得力があるように見える。
目の前にあるやるべき仕事もパーフェクトにできないなら、何をやってもダメだぞ、といった「その一面において」は...。

しかし、自分の意思を票に託すことと、やるべき仕事を全うすることとはまったく関係が無い。
いい加減なことをするなよ、といった、いかにも思いやりのある正論のアドバイスを発信しているかのごとく装い、若者をダメにする類の情報だ。

私は、思想家ではないし活動家でもない。
だが、若者が日本を誇りに感じ、我が国を発展させようという気概を持たねばこの国の未来はないのではないか。

黒か白か。ではない部分も、もっと知っておく必要がある。
阪神淡路大震災の時、北海道旭川ナンバーを掲げた消防車が神戸の街を走った。目前を走り抜けるその赤い車体は思いのほか大きく見え、遥々1,500kmを超え応援に駆けつけた姿に涙が滲んだ。
この時、法律に縛られた自衛隊は自由に動くことができなかった。
道路を塞ぐ倒壊家屋には手を触れることができず、二輪の通行もままならない。
しかし、住民は近隣の土木会社に重機による撤去を依頼し、自らの家屋を涙を流しながら撤去し道路を確保した。その自分の家の木材片を避難所のドラム缶に「薪」として焚べ、多くの人への暖としたことを知る若者はどれほどいるだろう。

そして今、
コーランが唱えられない、と日本人を含む外国人が惨殺される事件。
日本には9条があるから手を出せないんです...、なんてことは海外においてはまったく関係がない。
また、東シナ海においては一触即発。スクランブル発動しても何もできないことを盾に、人の家の目前で挑発する。勝手に来るなよと示せば「そこは我の家、文句あるのか。」と返される始末...。


何が必要で何が不要か。ではなく、それによる影響を考慮すべき。
何が良くて何が悪いのか。ではなく、それによって今後がどうなるかを考えるべき。
結果が出たか出なかったか。ではなく、成果があったことを更に伸ばすこと意識すべき。

二者択一ではなく、さまざまなバランスを考慮しながら自らの意志決定をすることが大切だと思う。
一つだけはっきりしているのは、世界を相手に考えなくてはならない時代であるということ。
自ら崩壊する若者を増やしてはならないし、webにある情報を取捨選択する眼識が求められる。

自分で撮影するということ

photo by Akira Miyamoto
この一枚。手元の感覚では「随分と上に向けて」撮影している。
空の面積を大きくしたい、と思ったから。広い青空との対比が面白いと思ったから...。

近未来の写真撮影は、
一切の思考を捨て去って無の境地に立って指を押すだけ?
構図に至るまですべてをカメラ任せで、結果は出たとこ勝負?
あるいは、最近の撮影属性に合わせて、優秀なAIがwebから似たような他人の素材をチョイスして表示してくれるのか?

そこまで極端ではないにしても、似たような「無思考、指を押すだけ」なアクションが増えているように感じる。
そして「写真なんてアタマ使って撮るもんじゃねぇ」と批判する。
人間の近未来、このままでは危ないのではないか。
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