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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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今度はハイコントラスト

グラスに注がれるビールイメージ写真

前回の記事で「ハイダイナミックレンジ」的な明暗差をより小さくした画像を掲載した。
今回は、正反対にハイコントラストを狙ってみた。

ステップアップクラスの教室は、このところラウンジやお店に席を移して開催している。
お昼の講座なのだが、アルコールのオーダーをなさる方もあり「これは!」ということで撮影させていただいた。
気泡の雰囲気はタイミングを逃すと撮れないので、要所要所で数多く撮影したい。
だが、連写モードにして撮る必要はなく、「ここだ!」と思う瞬間に右手人差し指に何度も仕事をしてもらえればよいだけだ。

コントラストが高い写真は、ハイダイナミックレンジよりもアピール度が高いかもしれない。
コントラストを上げアピールする手法は古典的な部分かと思う。
巷に溢れるハイダイナミックレンジ写真は、必要以上に彩度をあげてしまっているので、その部分にだまされているきらいもある。

コントラストが必然的に高くなる場所「窓際」で撮影するだけで、より魅力的な写真が残せる。
今回は、皆さん思うような写真は撮れただろうか?

何が足りず何が多いのか

画像処理には計画性が必要

画像処理万能...。
全てを画像処理による後処理に頼る傾向がますます高まっているようだ。

画像データは、触れば触るほど収拾がつかなくなり、劣化の一途を辿る。
それは、処理を始める時点で方向性が見えていないことが大きな理由ではないだろうか。

「何が不足していて、何が余分なのか」という部分。
色調しかり。明るさしかり...。

なんとなく暗かったから明るくしてみた。
なんとなく色が違ったから触ってみた。

これを繰り返していては、バランスを崩すばかり。
小手先の改造を重ねて本来のバランスが崩壊してしまったクルマと似ている。
どこかを触ると、どこかが狂う。
結局、もう1台新車を購入するのと同じか、極端な場合にはそれ以上の費用をつぎ込むことになる。

写真はCO2も排出しないしNOxとも縁がない。
だが、撮影時点で解決できることも後処理に委ねすぎているので、撮影時の感性がドンドン鈍化する。

これを、機材に対してもやってしまう人が居る。
ストラップに凝ってみた...。程度ならまだやさしい。
そのうち異なるマウントを使うことに優越感を感じたり、ファームウェアに手を入れる禁断の果実を味わう...。
後から手を加えることばかりに注意が行ってしまっている。

それは悪いことだとは言わない。自己責任である限り他人には関係がない。
しかし、カメラは「写真を撮るためのツール」であるはず。どうも「写真そのもの」が何処かに消えうせているように感じる。
もっと表現や感性の世界を語る人が増えることを願いたい。

デジタル時代の絵作り

暗い画像は彩度が高く見える

デジタルカメラ・一眼レフの急激な普及に合わせ、画像処理の需要も急上昇している。

目の錯覚というか、人間はこのような画像はこのように見える...という一つの傾向がある。
その中の代表的な事項。

明るい画像は彩度(ブライトネス)が低い:色が薄い
暗い画像は彩度が高い:色が濃い

というように感じることが多い。
かつてのポジ(リバーサル)フィルムでの撮影時には、アンダー目に撮影し濃厚な色彩感を強調する方法があった。
これは、実際にアンダーで撮ったフィルムば彩度が高くなる特性を利用しており、反対に極端にオーバーで飛ばすとフィルムのベースが透けて透明になったことを考えてみてもよくわかる。
(オーバー部分は、フィルムに何も残らず向こう側が透けて見える状態であった。これは何も残らない=写っていない、のでよくないとされ、結果としてアンダー目で撮ることが多かった。)

デジタルになってもその傾向は同じで、明るい画像は色が薄く見える。
モニター画面はRGBの3原色で表現されているわけで、各チャネルが256階調目のデータになると(R=255、G=255、B=255)「白」を表現していることを考えると理解しやすい。

なので、明るい画像は彩度が低く・色が薄く見える。
ここを画像処理により彩度を高めることで、全体の明るさを増しながら彩度の高いイメージに加工することが今の流行なのではないかと思う。
結果として、webでは見栄えのする写真になる。

だが、いわゆる「後から画像処理で造られた感」が強く、フィルムライクなイメージとは異なる印象だ。

たまには、撮影時に彩度を上げた設定に変更し、且つアンダー目に撮影して、ポジの印象に近い絵の雰囲気を思い返すことも必要かもしれない。
「モニターの中で後から作り込まれる彩度と明るさ」の関係に麻痺しかかっている感覚をリセットする良い機会になるのではないか。

5D mark2 17-40mm f4L ISO 100 f4.0 1/1250 -0.3EV AWB PictureStyle 風景

まず解像度ありき

画像データは必要とされる解像度を満たすことが大前提

解像度についての難しい話は書かない(書けない)が...。

印刷会社に画像データを入稿しようとする場合、そのアウトプットに対して「解像度」が満たされているかどうか?は最低限の条件である。
多くの場合、必要寸法で作成され、解像度が350dpi(以上)であることが常識だと思う。
それは、多くのオフセット印刷の線数が175線であるために、その2倍の解像度をもったデータで入稿することでクオリティを確保するためだ。
更には、「高線数印刷」という、より解像度の高い印刷技術も浸透している。
印刷会社の営業は、クライアントから入稿されるデータの解像度が低ければ再入稿のために再び満足なデータを取りに走らされる!

しかしながら...。
いまだに、この解像度の意識がない業界もあるようだ。
なぜ、デジタルカメラの画素数が増え続けているのか?その理由を考えてみても答えは明白なのに。
そして、その恩恵でwebに拡がる写真画像は精細感の高い写真ばかり(例外はある)になった。

アウトプットされる解像度よりも大きい(より細かい)解像度で撮影された画像であるからこそ、最終出力に「解像感」を感じる結果を導きだすことが可能になる。

論より証拠。
webで公開されている溢れる写真の数々。
最近は、コンデジや携帯カメラでさえ、極めて画素数の多いモデルばかりである。
そうしたデバイスで撮影された画像から生成されている画像を見ている訳だから、ウェブブラウザで見ているのにも関わらず非常に精細感がある。

PCモニターで見ているのに何故そんなに細かい画像になるのか不思議だ...。
とメールをいただくケースもある。
モニター解像度は72dpiにも関わらず...。ということだろう。
デジカメの画素数が、まだ35万画素とか85万画素...程度であった時代のwebには、ギザギザの写真が溢れ返っていた。

答えは一つ。撮影時の解像度が高いから。である。
(もちろん、撮影時にブレない配慮・操作は不可欠である。)
もう一つ追加するなら。
リサイズする時点でのソフトウエア処理で「適切な作業」が行われていることである。


いまだに解像度の意識がない業界では...、
このケースに置き換えてみると、72dpiで見る世界なのだから撮影も72dpiで撮るのが最も良い結果になる...と論じられている。
より高い解像度で撮ったものを「適切な処理によって」72dpiに落とし込んだもののほうが「解像感」は高くなるという常識。これが全く理解されていない。

この「適切な処理によって」という部分でも、大きく間違った処理をしているから、結果が変わってきていることにも気が付いていないよう...。

写真の世界でも、デザインの世界でも、そして印刷の世界でも「まず解像度ありき」。
これは常識だ。
もちろん、コンテンツの質や完成度、クリエイターの感性の部分はそれ以上に重要なファクターではあるが。
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