画像データではなく「写真」を残したい

日が落ちた直後の僅か数分間だけの時間帯。
この一期一会の雰囲気を収めるために、階調を最大限に残すことを考える。
撮影実習では、露出を抑えることにしか言及していないが、なぜ露出を切り詰めなくてはならないか?を考えられるようになれば一つ階段を上がることができるのではないだろうか。
このあたりは、撮影現地で追々お伝えして行きたい。
また、カメラの通常設定状態での撮って出しでは、ここまでの階調は再現できない。
そのためPhotoshop上で「見た目の記憶」に近づけるべく処理を施す。
人間の記憶や一枚の写真として望ましいと考えられる階調表現を実現するために「撮影と画像処理」をセットで考える。
トラフィック増大のための材料として、見た目のインパクトだけを重視した使い捨てにされる「単なる画像データ」ではなく、脈々と続く歴史の一部に恥じない「写真」としてのアウトプットを実現させたいと思う。
【tumblr.】
https://tmblr.co/Z1n2Et1LKv_bo
加工に対する考え方

納品した画像データは、納品後は先方で如何様にも加工してよいのか?
先日の撮影案件で、納品データの加工についてクライアントさんと話す機会があった。
先方の公式webに掲載するために、サイトデザインに合わせ若干のトリミングも問題ないと考えているし、当然のことながらリサイズは必須のものとなる。
事前に加工は不可、と明言、確認し受注しているが、この程度の加工については常識の範囲内かと。
しかし、納品後のデータをスクエアに切ってInstagramのフィルターで加工し、同ソーシャルに載せる...。これは残念ながら許せないと考えている。
Instagramの勢いは衰えを見せないようだし、活発に交流いただければ良い。エフェクトで遊ぶのも自由だ。
ここで使われる写真は、自分たちで撮影したものであるかどうか?といった決まりはないだろうと思う。しかしながら、職業撮影者が撮影した写真をあのフィルターで潰し崩し、しかも勝手に切り抜くのはどうかと感じる。
ハヤリだから何でもそこに載せていいだろう、という考えには手放しで賛同できない。
ちなみに、私は黎明期のInstagramには新規登録15分後には退会した。もう数年前の話。
今回の案件では、Instagramへの転載不可、とご理解をいただけた。
今後は、見積・受注時点で、納品後データのInstagramへの掲載は不可と明記することにした。
画像は本文とは関係ありません。
大きいサイズはtumblr.でご覧ください。
https://amcoandem.tumblr.com/post/87062983573/iphone5s
実際に使用するサイズで

フォトレタッチソフトを使いこなし、より印象的な作品に仕上げる、といった「本道」を追求したいと考える方々も増えてきた。エフェクト遊びとは別の道が一本走っているのは嬉しいこと。
ここで留意しておきたいことは、最終アウトプットとして使用する画像サイズ(ピクセル数)で確認をすること。
昨今のカメラから出力されるデータは巨大であり、写真全体を見るためにはかなり縮小した状態のプレビューとなってしまう。それは24inchクラスのモニターで見ていても25%表示や12.5%表示でなければ全体を見渡せない。
使用目的がwebであれば最終的にリサイズすることになるが、各処理を終えたあと必ず使用目的のサイズ(100%表示)に仕上げて確認をしておきたい。
縮小表示の状態では、細部の解像感やモアレ、微妙な絵柄による色調の変化などが正確に表示できていない可能性があるためだ。
また、元サイズのまま無料ブログ等に放り込んでサーバー処理に任せる(それ以外の方法を知らない)という方も多いかもしれないが、お任せリサイズでは画質劣化も大きく、最近では過剰なシャープネス処理まで加えられるサイトもある。もちろん優秀な処理をするサイトもあるだろうし、GoogleがAdobeからこのあたりのエンジニアを入れた、等のニュースもあり技術革新は目まぐるしい。
しかし、作品を見ていただくには「最終出力まで自分で責任を持って創り上げる」という意識が必要かと思う。
大きいサイズを【tumblr.】で、といつもご紹介しているが、ここ(Oficial Blog)とtumblr.とは別サイズの画像を二種類作成、出力し掲載している。
色の調整、明るさの調整...。もちろん大切。だが、このような根幹に触れて伝える人が存在しないので...。煩いことで失礼申します。
大きい画像は【tumblr.】へ。
https://tmblr.co/Z1n2Et1G3pT63
「色カブリ」って言葉ご存知ですね?

「色カブリ」って言葉、ご存知ですね?
サングラスを通して見たように、特定の色が被っている状態。
意図的に奇抜な色に加工するのがハヤリなのだが、見る人に対してある種のインパクトを与えるのは確かだ。
その昔、カメラがデジタル化する過程でセピア色モードというのが流行った。「おっ”!」と思わせるパッと見の意外性を備えているのは間違いなく、それが悪いということではない。と初めにお断りしておく。
この画像はもともと、各種蛍光灯が混ざった難しい光源の下、色カブリが僅少となるようiPhoneカメラがさまざまな演算を行って適切なホワイトバランスでデータを作り出したキレイな色の写真。
そのデータを、後から色カブリを何重にも行い「安物のレンズの証」であるビネット(周辺減光)まで加えている。
更には、優秀なHDRで暗部を再現してくれているにも関わらず、その部分の階調を殺し、潰してコントラストを高めている。
見た目のインパクト・意外性で人目を引く、のは一つの手段だろう。
そして、この絵もいいじゃないか、という意見もあるだろう。
だが、そうした方法に頼らなくとも他にアピールする方法はいくらでもあるように思う。
わざわざ安物のレンズを使ったような絵や、階調が出ない性能の悪いセンサーしか備えていないいい加減なカメラで撮ったかのような絵にするのは、自分にとってはあり得ない世界だ。
何より、日々こうした色カブリばかりの写真に接し目が麻痺してしまうと、平常時にも色の感覚が狂ってしまうリスクはないのだろうか?
フィルターで遊んでいない時でも色の感覚がおかしいのではないか?と疑われる人たちが増えてきた。画像処理のクラスでも元画像がどのように色がおかしいのか?判らないと仰る人が増えている。
海外も含め名の通った写真家がこうした意図的なフィルター処理を行った作品を公開しているが、当然、色カブリの無い画像を扱えるスキルをベースに持った上で、一つの表現手段として採用しているはずだ。
「変化球とは直球ストレートを3球決められるウデを持つものだけが語る」ものだと思う。
手間をかけずに効果を楽しめる現状は大いに評価されるべきだが、自分の色に対する感性を麻痺させてしまったあとから、画像処理の小手先のテクニックを教えて。というのはいかにも薄っぺらい。