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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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そこにある氣

膨大なエネルギーに合わせる photo 宮本章光

穏やかに。
けれど、圧倒的な氣。

静かに厳かに。
しかし、膨大な氣。

水の氣に触れるために。
水の波長に合わせるために。



思い出す

思い出す photo 宮本章光

自分が誰であるのか。
自分はどこから来たのか。

思い出す時間を迎えています。

でも、まだ完全には蘇ってきません。
まだもう少し。


静かに・穏やかに過ごします。
心に描くものが目の前の現実となってゆきます。

目前の風景や世界の眺めが別のものに置き換わってしまうのではなく、その「感じ方」に変化が起きること。
それを理解し体験しようとしている、いまの時間です。

幸せは、どんなに探し回ってみても絶対に見つかりません。
自分探しなどと、地の果てまで歩き続けたところで決して見つかることはありません。

なぜなら、
その答えは、自分の心の中にしか存在していないからです。

思い出す。
もう少し。



非現実を現実に導き入れる

丹生の御神木 photo 宮本章光

非現実を現実へ。

描けば顕現化。
懐けば具現化。


あり得ない。
から
あり得る。
へ。

願い懇願する。
から
導き入れる。
へ。


祈りとは、
自ら生きる姿勢を宣言すること。
いきる(い)を宣べる(のり)こと。

その瞬間から、非現実は現実へと自動運転を開始します。
非現実を現実に迎え導き入れてゆきます。



昔の夕焼けが戻ってきました

子供の頃はこうした風景を眺めていたもの photo 宮本章光

子供の頃、毎日のようにこうした風景を眺めていたことを思い出します。
美しい、なだらかな色のカーテンを。

いつの頃からか、受験のための学習塾へ通うようになり、夕焼け空を見る時間も惜しむようになりました。
そして数十年後、寝食を惜しみ激しく走り続ける年代にあっては、完全にそういった感覚を失ってしまったのでした。


このような色合いに包まれる時間まで、日々自宅のすぐ裏手にあった公園で遊び、母親が食事の時間を告げる呼び声で帰宅した幼稚園児から小学校低学年時代。

美しいという言葉さえも満足に理解できていなかった頃。
でも、その壮大で芸術的でさえある大空の時間の変化に、言葉にならない感動を感じたものです。


3I/ATLASが彗星なのか他星系生命の移動体なのか。
論議そのものが不毛である時期を迎えたように感じます。

そう思えばこそ、そのようにあなたの現実をあなた自身が創り上げるのです。
100人が100人ともに総評論家。
科学的検証も、世界中の学者の論説も、専門家の判断ももう必要ありません。

情報という名の「ノイズ」を追いかける姿。
また同じことを繰り返しますか。
いつまでも同じことを続けるばかり。
いつになれば学習できるのでしょうか。


自分で自分の現実を創り上げる。
現実というVRゴーグルのエンタメを楽しむのは自由には違いありません。でも、低い周波数の波動を放ち続ける限り、この地・この地球の波動を、一向に精神的向上を果たせないレベルにとどめてしまっているのかもしれません。

わたしたちは、自分だけではなく、この地球全体の周波数調整の役目を担っていることに、一人ひとりが氣づき役目を果たす時間を迎えています。
心に描くモノ・コトに最大限の注意を払い責任を持つことに。


きっと、彼らは「そうやって一喜一憂する地球人」の精神性の成熟度合いを観察しているに違いありません。
夕焼けを眺める時間、少々肌寒い夕空と幼少期の思い出と。
そして、まだ完全に「思い出せていない」遠い星の起源の記憶とともに。




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