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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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現実という目の前は自分が創りあげる

国魂の梅が開く photo 宮本章光

答えがひとつではないことを知りました。
現実は人それぞれに異なることを理解しました。
目の前の風景は一人ひとりが創り上げることを学びました。

何を想い、
何を描き、
何を生み出してゆきますか。




丁寧に生きる

春日の大楠に奉る photo 宮本章光

丁寧に生きる。
とは、余計なもの・不要なコトから離れる生き方。
丁寧に生きる。
そのためには、整えること。

整える。
とは、乱れた周波数を生み出さないこと。
足して足して足し続けるのではなく不要な波動を減らすこと。

その次は、
何をしたらダメなのか。ではなく、
何をすればよいのか。を意識する。

すると、迷いが減少し、うまくゆなかい現実に抗う波動が消滅します。
余計な抵抗がなくなります。
無理をする必要がなくなります。

それが「頑張らない」ことだったと頷きます。
それを「楽に生きる」と言うのだと理解します。

結果として穏やかな現実が具現化します。
余白が生まれるからそこに新たな芽が芽吹きます。

自己顕示欲を握りしめたまま、必要以上に大きな声で叫び、自分を大きく見せる必要がないと理解できます。
見た目だけを追いかける・うわべだけ飾りたてる。
そういった周波数から自動的に距離がとれるようになります。


丁寧に生きる。
その極意は、
究極の自動運転、心の自動運転が実現することだったように感じます。
丁寧に生きる。
そうすればこそ、望む現実が顕現化します。

同時に、この地この世に貴重な体をお借りして生きる時間は有限であることを忘れてはなりません。
同時に、数百年を超えて存在し続ける生命への畏敬の念を忘れてはなりません。
そうすればこそ、そこに感謝のエネルギーが溢れ出します。




頑張るとは何だったのか

篠原のセンダンを仰ぐ photo 宮本章光

頑張る。
頑張れば結果が手に入る。

これまでの世ではそう信じられてきました。
けれども、世は大きく変化しています。もうすでに変わりました。
多くの人たちが肌で感じているはずです。


頑張る、とは、
過去に生み出した不足と欠乏・満たされない不満・恐怖の波動が顕現化したもの・コト、その結果物を無理やりに力でねじ伏せようとすること。
そもそもその結果物とは、自分の心から生み出したもの、それがタイムラグを経て顕現化したもの。
それなのに、後からその結果を力づくで変えようとしても、そうはならないわけで。

白紙に赤色ペンで文字を書きました。それは自分がそう決定し自分の手で書いたのです。
なのに、どうして赤い色してんだよ!黒でなければならんやろ!と怒鳴る。
ええ、落語のネタかあるいは新喜劇やその昔のドリフの世界のように見えるでしょう。

これが頑張る、の正体だったこと。
すでに数多く語られ、すでに理解し体現している人が増え続けている様子が見えます。
一部では「頑張り禁止」だとかの言葉を掲げる人さえも。


ではどうすればよいのか。
生み出す原点の段階で、望ましいものを生み出す必要があります。
そうすればこそ、望ましい結果が時差を経て顕現化してゆきます。

これは量子力学でも証明された法則そのもの。スピってるだとかアタマおかしい...だとか言う人はもう消滅したはずだ、と見届けたいところです。
そうやってアタマが狂ってる輩の思考回路だ。と誤って信じ込まされてきた過去の世でした。


結果として、願うものは何も実現せず、裏で仕組まれた隷属化の世界がここに極まり、そして今、その崩壊を目の当たりにしています。

崩壊するのは、それが間違った展開だった証明です。
こうして、誤った展開と「そうならないよう願う心」が束ねられ、わたしたちの集合意識としてそれが顕現化している証。まさに目の前でその大法則が証明されています。


言葉を置き換えてみます。
頑張る。とは、赤色で書いた文字を無理やりに黒色に変更しようとしている姿。
油性ペンですから消えません。どうしますか?

一旦その紙を破棄します=目の前の世界が崩壊している状況
白紙にもう一度黒色ペンで書きます=わたしたち一人ひとりが心から望む波動を生み出すこと
です。


望む波動を生み出すためには、
ノイズには決して触れず離れ、心地よく穏やかな心を維持し続けること。
その結果、時差を経て望む風景=社会・世の中が生み出されてゆくのです。

何もしないのはダメだ!デモに参加して叫ぶことが行動だ!と豪語した人、もう会うこともありませんが、何もしていないのではなくて、心から生み出すという、その根源・元の元を根こそぎ変えなければ決して世は変わらない。
それが仕組みだったと、ようやく氣づきはじめたことでしょう。

然るに、
過去に誤って赤色ペンで書いてしまったのですから、まずはそれを客観的事実として認めその用紙は破棄することです。
これが認め受け止め受け入れるということ。

え?自分は赤色でなんか書いてないし...、とフタをして見ないふりをしても色は変わりません。
黒い色に見えてるわ、ホンマやで。などと偽って、無理にわくわくする、無理やり感謝する、ジャッジしないんだ。と叫ぶのはそれと同じ行動かもしれません。ここ、もう大丈夫でしょうか。

あぁ、あの時は間違って赤色で書いてしまったんよ。ええ自分が書いた。間違った。ごめんなさい。
でも次は黒いペンで書くよ。と。
これが受け止め受け入れること。
この段階でもう間違いはしませんし、過ちも昇華され正の波動に変換された、という仕組み。これが統合の本質でしょう。


頑張る。
美しいことばとして習い、そのように認識してきました。

でも、これからは「頑張らない」。
それは怠惰にするという意味ではありませんが、もうその但し書きも必要ない段階まで成長できたはずです。
それが信頼する行為そのもの。

仕組みを知り、それを使いこなす。
この先の世を生き抜くための大切な感覚だと感じます。



流れに任せる

流れに任せる photo 宮本章光

任せる。
流れに任せる。

流れに逆らうと「不安や恐怖」が新たに生じるように感じます。

何もない。
何も起きていない。

その状態こそが「すでに満ち足りている」ということだと語られている通りでしょう。
どこにも問題はない。事故もない。
確かに。


信頼する。
なるほど、整っている状態。
不足と欠乏の周波数も、そこには存在していない。


でも、流れはどちらに向いているのか?だとか、
ちょろちょろ僅少な流れなんか問題あらへん蹴散らせるやろ、逆らおうが全然大丈夫やないかい!
逆境を超えてこそ一人前やろが!
といったように「逆らう」。
それが負のエネルギーを生み出す元凶だと理解が及んでいません。

あるいは、
人にどう見られたいか。いちいち説明して自分を認めてもらいたいと願う。
その意識自体が、流れに逆らっている波動を生み出していることに氣づいていないのかもしれません。

無理にポジティブ。
無理やり感謝感謝。それ自体が、実は流れに逆らっていたことそのものだったと。


穏やかに。
その本質は、何も起こさず問題を生み出さないこと。
流れに任せる。
その本質は、
もうすでに満ち足りていたことを思い出すこと。

その先に、深い感謝の念が自動的に生み出されてゆきます。
流れに任せる。
その先に、ありがとうのエネルギーが生まれてゆきます。



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