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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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あらゆる思考すべてエネルギー

見上げる紋様 photo 宮本章光

暑いも寒いも。
明るいも暗いも。

すべてがエネルギーであり、すべてが特定周波数の固有振動を持っていることを。

だから、
心地よい、も、腹立たしい、も。
すべてが、その周波数に合致したものを自分自身で拡大し続ける。


あらゆる思考、あらゆる感覚、すべてがエネルギー波動であることを知るならば、
心に抱く・描くもの・コトに責任を持つこと。

救世主を待ち続け、webやSNSに自分の周波数を「持って行かれている間・占有されている間」には、望む未来が訪れることはないのです。
なぜなら、
自分の世界は自分が抱き描く周波数に「合致」するエネルギーが現実になるからです。

それを理解できない限りは、
旧タイムラインから脱することは叶いません。待てど暮らせど永遠に。


望むなら。望むのならば。
自ら望ましいブループリントを描くのみです。
それが現実創造。
それが量子力学で証明されつつある大法則そのものだからです。




「なんとなく」伝わる時代への第一歩

秋2025 photo 宮本章光

説明は不要でしょう。

なんとなく伝わる。
なんとなく判る。
そんな時代へ、いよいよ突入したようです。


過去、あるSNSにアカウントを持っていた時期(現在は削除・もう離れました)、とにかく批判だけをする人がありました。
ご自身では、誰にも分からない、と思っている様子で。

確かに、匿名でしかも誰に対してなのかも明確ではなく、でも「こういった意見はおかしい」「このような考え方は間違いだ」といった投稿が「その方自身の記事」で上がってきます。

第三者にとってみれば、まったく意味不明でしょう。
そもそも、誰に対してなのか、誰の意見に対することなのか、一切が不明ですから。完全に独り言ですから。
でも、
その記事は、わたしが残した投稿に対して書かれていることは明確でした。
こちらはテイストを変えたり、主題を変更したり。(例えるなら色を変えたり柄を変えたり...)
そのたびに「きっちりとその色や柄と連動」してくるので、まぁ確信犯的なインジケーターがピカピカと光っていたものです。


伝わるのですね。
わかるのです。そのエネルギーが強烈に。
いわゆる「負の想念」が強烈に放たれていることが。

これ、今でもやっている人があるように感じます。
別に批判ではなくても、負の想念ではないとしても、いや自分はどうだ。とか、いや自分はそうは思わない。といったように。
第三者的にモヤに包んでつぶやきを上げる。

自由です。でも、かなり低波動。
自分の意見を述べている風でありながら、人を批判しているだけ。相当低波動かと感じます。
ここには、言靈とともに書いた人が綴ったエネルギー波動が見事に乗っているのですね。
これ、まさしく量子もつれで説明されているシンクロは時空を超える、という実験がそのまま行われていることを証明しています。


過去から、そうした「なんとなく」感じる感覚はあったはずです。
でも、ここに来て、周波数が同じエネルギーは勝手にシンクロ「してしまう」ことが判るようになりました。

ま、しかしながら自分からそのシンクロ状態を「見なければ」よいだけなのですが。
ここは「見て見ぬふり」をするところです。まさにそのまま。
けれど、喧しいほどに勝手にエネルギーが送られてくる。耳を塞ぐ、目を閉じる。どれも無力です。


フワフワ系の人たちが、もうすぐテレパシーの時代になるよ〜。ってな語りをされますが、まさに、もうその通りになりつつあります。
まだ明確には伝わりませんが、なんとなく、でも確かに。

であるならば、負の波動ではなくて「より望ましくより心地よい」周波数を送ってみたいものです。
それが、抱く周波数の通りに具現化する。ということでしょう。


なんとなくから、それはもう確実に伝わる時代へ。
第一歩を踏み出したことを強く感じます。




意識を向けたものに合致する

深まる秋2025 photo 宮本章光

合致する。
同期する。
共振する。
共鳴する。

周波数が同じものがシンクロする大法則。

潜在意識と顕在意識。
わたしたちの心の中、その大半が潜在意識だとされます。
よって、
同じ周波数だ、と認識している感覚が「顕在意識領域」にありながらも、「潜在意識領域」ではまったくその波長とは合致していない状況も発生します。日々の大半がこの状態かもしれません。

で、小手先だけの手法は「潜在意識を騙す」というあのやり方。もちろん効果があるに違いありません。
しかしながら、
顕現化までに長い時間がかかり、揺り戻しが襲ってくると、もとの木阿弥。

ええ、わたしは満ち足りています、と念仏を唱える。
潜在意識に刷り込むのだと。
はい、必ず効果はあるはずですし、間違いではないと思われます。みんなやってきましたでしょう。

でも、
こんな3次元的な騙しはもう不要ではないかな、と感じます。


では、どうするのか。

それがいまを生きる。いま心地よく過ごす。という、これまた語り尽くされた手法かと思われます。
結局、その本質をまったく理解できていなかったということ。
いつもながら、わたし自身が誤りの道を右往左往しているだけ。多くのひとたちも似た状況に違いありません。

原理原則に忠実に、そして根本のスタート地点に立ち返ってみます。
同じ周波数は必ずシンクロする揺るがない法則に則って。そして量子力学の観測者による顕現化を実践して。


言葉は、初期段階では目に見えない潜在意識の領域でエネルギー波動として生み出され、それを顕在意識に入った言葉として認識する。
この順序さえ間違わないようにすればよいように感じます。
これまでは、まったく逆をやってきたようです。


紅葉の季節になりました。
美しく色づいて...。素晴らしい・立派だ。
と、
そのように感じるエネルギー波動がまず生み出され、それが色づき、だとか紅葉、といった言葉に落とし込まれる。
この順序だと思うのです。
まず、心地よさや畏敬の念を感じることが先にありきだと。

感じるというエネルギーが「言靈」がもつ周波数に「合致」するように。この部分だけに集中して意識を合わせます。
幼児向けのパズルのように、同じ形のものだけを選ぶ。
同じ形とは、すなわち同じ周波数のエネルギー。

どちらの向きから証明・演繹しても双方向でイコールになるように。
そうすれば、必ず抵抗が消滅し、自動的にシンクロするはずです。


それなのに、
紅葉は美しいけれども...。
でも、上司はうるさいし隣の部署のあいつは憎たらしいんだよな、と深層心理に抱え続けているから潜在意識はその負の周波数だけをいつまでも焚き続ける。
この状態では、抵抗値が激しく大きいので、そこに違和感が盛大に生じます。
エネルギーがフリクションロスとして、ものの見事にザルの目から抜け落ちてゆきます。


それを毎日毎日続けていれば、そりゃ体調も崩れます。
美しいね。楽しいね。わくわく。なんて思っても願っても、現実はまったく変化しない。
まさにこれでしょう。心の底にゴミが湧いて腐っています。

で、心(潜在意識のほう)を騙して、わくわくするのでしたか。
それ、限りなく遠回りしていませんか。ということです。


違和感を感じないようにする。それがすなわち抵抗が無い状態。イコールパズルが同じ型にはまっている状態。
結局は、
違和感というセンサー・違和感という名の心の入り口に居る警備員のアラートを無視するからそうなるのではないでしょうか。

すべては、袖が短い服を着た時に感じるような感覚をスルーしないこと。
ここに答えがあるように思われます。

感じたのなら、
あぁ、違和感出たよね。あぁ、この周波数は違うよな。と認識すること。
ここで蓋をして、見て見ぬふりをしないこと。

その周波数は違うんだから、違うという客観的指標を与えてくれてありがとう。警備員さんお知らせくださってありがとう。
と、離れる。それだけ。
これが統合。そして望む選択。


15分もすれば周波数はズレてゆきます。
もしズレないのなら、まさしく潜在意識にゴミが溜まり腐敗している証ではないかと思われます。
あるいは、負の念に憑依されているか、負の想念を送りつける存在が居るか。
そして次は、
望むモノ・コトへチューニング周波数を変更してゆきます。
重ねて記します。
でも、できない!
それは、上記のように腐敗した負の波動を、隅々までしっかりと浄化していなかったということ。
それは、ご自身が最後のこの5年間で「やったつもり」になっていただけということ。それが自分の選択だったということ。意志表示だったのだと。
残酷ですけれど。意識のエネルギーは絶対に同じ周波数しか合致しません。


意識を向けたものにエネルギーは合致してゆきます。
然るに、意識することによって同じ周波数でシンクロする現実が創造される。思考が現実化する。

願いは、何も心の奥を騙すような遠回りをせずとも実現してゆくのだと。




統合から共生への道

共生と統合 photo 宮本章光

頭で理解していても、体がついてこない。
あるいは、
体は正直に反応しているにも関わらず、頭が理解せず認識しない。

アンバランス。
その状態。
この地においては、何もかも「対(つい)」になっていることを再認識します。

同じように、善悪・表裏一体となった両極のエネルギーが存在します。
同じように、物理的物質的存在と精神的靈的意識がセットで必要です。
同じように、分離分断と統合共生が一対となった状態がこの世・この地なのだと。


ですので、宗教も必要なものだったはずなのです。
ここで、あれ?それは違うのでは?と思われますか?

そもそも宗教とは、上記のような物理物質認識と対極にある精神性を説くための媒体であったことを理解する必要があります。
それを、隷属化を企む層の手により改変捏造され、恐怖と思考停止を意図した手段として利用されてしまったのでした。

スピリチュアル世界も似ているでしょうか。
それを貨幣資産を得るためのビジネスに落とし込んでしまったことが道を逸れてしまう原因の一つになったのかもしれません。本来は、心の「つかいこなし」を説く、もう一方の重要な要素です。


何度も繰り返しになりますが、
モノとココロはセットで一つ。
心の重要性を説くがゆえに、物理物質次元的意識が「疎か(おろそか)」になっては本末転倒でしょう。
ここを間違いなさいませんよう。


もう大丈夫、もう大丈夫...。
そうやって納得したはずの理論・認識が、これでもかこれでもか!と次々に「書き換え」せざるを得ない。
そうやっていつまでも上書き保存を繰り返します。

ここで氣づくこと。
それが、成長と進化そのものであったこと。
「別名保存」して無限にファイル数が増殖してゆくのではなく、「上書き保存」するのが精神性における進化の道だと。


なるほど物質物理次元的発想では、別名で保存しなければアップデート履歴が残らず差分を確認できません。
ところが、
精神性のもう一方の発想では、上書き保存し「過去や履歴は手放して」循環させるという感覚。
蓄積して溜め込むのではなく、循環させることで巡り回るのだと。
ここでも両輪として存在することが判ります。

そして、ともに必要不可欠であった両方・両極のエネルギーを、
受け止め・受け入れ、感謝の波動によって統合にまで昇華させることができたのなら、その次には、自ら望み必要とする周波数を「選択」してゆきます。
結果として、その選択に合致する周波数が「目の前」を形成してゆきます。

よって、
これを認識し体現するまでは、この世はいつまでも変わらない、と伝えられているわけです。
アタマで理解するだけではなく。
体を使って走るだけでもなく。


ここに統合され、そして必要だと望む周波数に合致する存在と共生、ともに生きる近未来が創造されてゆきます。
唯一無二、そして完璧で決して間違うことがない、と語られる大いなる法則が、いまここにあることに激しく頷きます。

あるがまま。という言靈の周波数はこの仕組みを示していたのです。




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