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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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この先に求められるのは「内的な進化」です

秋2025 photo 宮本章光

目に見えないものは信じない。

それはもう崩壊し消滅するタイムライン上の感覚ですよ。と、語り尽くされてきました。
しかしながら「思考のクセ」として、おいそれとは手放せないのでしょう。


過去に無かった現象、物理法則を逸脱した動作。熱力学の理論上にはあり得ない動作。
だから単なる岩石や氷の塊のような天然物と断言するのは無理がある。
そしてさらに加えて、
「けれど、だからと言ってそれが他星系生命ということにはならない。」
などと、3I/ATLAS関連が騒がしい。

その思考は、まさしく「これまでの世の感覚・発想」ではないでしょうか。
ここを追っかけても、何も新たな展開を生み出すことはできません。わたし自信、もう見るのも調べるのもやめました。


この場でも何度か綴ってきました。
わたしの小学生時代の、いわゆる将来の夢は天文学者になることでした。
でも、その夢が実現できなくてよかったと、この期に及んで本心からそう思っています。


いま論議が沸騰している部分は、すべて「目に見える捉え方」でしか見ていないように感じることです。
--物理法則を逸脱している。
--でも。だからといって他星系存在とは言えない。
ええ、もっともな展開です。それに論理的思考上にはどこにも誤りを見出せません。


けれど、その思考は物理物質次元的な、片側の車輪だけの思考:エネルギーではないのでしょうか。
万物の法則は、常に「両輪がセット」なのです。
両輪とは、モノとココロと。

心の「目」では何が見えますか。
心では「何を」感じますか。


「彼ら」が居ようが居まいが関係なく、わたしたち地球人が精神的成熟を果たせるかどうか。
それは、こうした部分なのです。ここが肝心かなめの部分なのです。
心の成熟。精神性・靈性の成熟が果たせる(果たせた)かどうか、です。

仮に、
「彼ら」がそこに居たとするなら、こう言うでしょう。
---「だから地球人はまだまだ未熟すぎると言うんだよ」
---「観測データ上だけで論議している時点で物理次元から脱する意識など持っていないと判断せざるを得ない」
と。
ええ、わたしも地球人です。起源は違っているのだとは薄々感じていますが。


もう、この地から争いや奪い合い、欠乏と恐れの周波数を一掃し、共に分かち合いともに成長拡大してゆく。
そんな地にしたい、と心から願うのであれば、
「物質物理次元的な」発想だけではなく、予想もできない高度な存在に敬意を表し歓迎するような意図を持つ。心から歓迎の意図を抱いてみる。
そんな道もあるわけです。
心のつかいこなし、そのものです。

過去、その昔には、そうした存在が数多くこの地を訪れていたことは疑いのない事実だと言えるだけの物的証拠もあるのですから、こうした歴史的背景までも含めて、共存そして共鳴が可能な世を創り上げてみたい。
そういった感覚を持つ人が、まったく見えてこないことが大問題だ。と思っています。
名も無きわたしが、ここに細々と綴っているだけ。


当然、意図せぬ巨大なリスクもあるかもしれません。
仮に侵略者であるという見方もあるかもしれません。
でも、その場合にはもう何も手を打つことすらできません。空飛ぶ船に石斧で戦を挑むようなレベル。
まるでSF映画の世界ですから。
(あの〜、戦時中に竹槍で戦闘機を突き落とせと天に向かって棒を突き上げる、などという過去の間違った小学校教育を嘲笑っていますが、宇宙から見れば、いま地球人が騒いでいるのは同じ構図に過ぎないこと。恥ずかしくありませんか?)

しかしながらこの期に及び、思考が現実化するといった不変の大法則を知ったのですから、そんなリスキーなエネルギーを生み出さなければそれは現実にならない。と自信を持つことができます。
これを実践するしか、この先の道はないように思われます。

超重要試験に「落第」した後になってから、
「試験だなんて聞いてなかった!」「試験ならもっと真剣に勉強したんだよ!」
などと、後出しジャンケンで遊び、わがまま言い訳をタレる時間は、もうとっくの昔に終わっていますから。
地球人、その集合意識を形成するのは、わたしたち一人ひとりの靈性の高さにかかっています。
超重要・極めて責任重大。


過去、この地への訪問者に対し、未熟な地球人は見たこともない存在を「神」として崇めてしまったのが過ちだったのです。
で、今度は進化するどころかさらに「退化」してしまい、物理法則や熱力学的観点だけで論議している。
恥ずかしさの極みです。恥という言葉・言靈を知らないのですね。

この先に必要なのは、
ココロです。心の目です。

感じようとしていますか。
生み出そうとしていますか。
望ましいエネルギーを維持していますか。

この先に必ず求められるのは、
心のエネルギー:精神的な成長と成熟だということを肝に銘じ、穏やかに心静かに過ごすことです。
美しい生命存在とともに。心に描く微笑みとともに。

この先に必要なのは、
「内的な進化」であることを決して忘れないことです。




流れ・流れる

流れは細かく photo 宮本章光

川の流れ。
水の響きはさらに細かく精細に。
流れの音はさらに静かに穏やかに。

陽は西に。
水は低く。

流れ流れる。



ゆっくりして行きな

秋色づく photo 宮本章光

ゆっくりできない人たちへ。
ゆっくり休めない方々へ。

ゆっくりして行きな。
ゆっくり深呼吸して行きな。


自然はいつも偉大であり、
自然はいつも寛容である。
木々はいつも美しく、
木々はいつも自分らしく生きている。

ゆっくりして行きな。


陽は西に・そして新たな日へ

陽は西に photo 宮本章光

陽は沈み。
陽はまた昇る。

明けない夜はなく、
明けない闇もなく。


救世主が空の彼方からやってくる。
恒星間彗星と掲げられた物体が福音を運んでくる。
と、浮き足立つことのありませんよう。

それは現実になるかもしれませんし、何も起きないかもしれません。
ただ一つはっきりしていること。
それは、
「そう願えば、そのように現実が創られる。」こと。
「どうせ何も無いに決まってるやろ。」と思えば、そのように現実として顕現化するということ。

同様に、
恵比寿放送が流され世が変わる。わくわくして待ちましょう。
とやっている限りは、
「待ち続ける限り、それが実現しない状態を延々と顕現化し続ける。」ということ。

待つ・待ちつづける・待ち侘びる=具現化・現実化しない。
その現実を「わたしたちの集合意識」が現実として形作ること、どうして判りませんか。


責任重大です。極めて重要・重大なのです。
ここに迎えているこの地の大転換時期を、新時代へと建て替えることができるかどうか。
全宇宙で、こうした超重大局面を「成功させた存在は約4割」といいます。
逆に言えば、約6割は失敗していることになります。
このアルシオーネ銀河では3生命存在がその最終試験の真っ只中と伝えられています。そしてその中でも最も難問課題をやっている地球とそこに生きる生命存在。


この地球でも、過去5回だとか6回の失敗を繰り返し、そのたびに文明は崩壊・大海原に沈み消滅、一から白紙状態からのやり直しをしてきたのです。
それなのに、まだやりますか。まだ判りませんか。
どこまでアタマ悪いねん。いい加減にしとけや!!ということです。
(この言靈も低波動そのものであり慎むべき文言でしょう。こういった自虐的かつお笑いネタ的なものこそ、愚民化のひとつとして刷り込まれてきたことがよくわかります。)

然るに、
他者の助けが入る・高次元他星系存在が救ってくれる。
などと待っている限り、それは6度目・7度目の失敗と崩壊を「希望します」と意志表示するに等しいわけです。
webの情報という名のノイズを追っていても、どこにも成長できる要素はありません。どこにも望ましい近未来を創り出す波動はありません。


いま行うこと。いま望ましい行動とは。
それは、
わんちゃんやニャンちゃんと一緒に心地よく過ごすことかもしれません。
あるいは、数百年を超える命を紡いできた、この国では当たり前のように身近にある御神木に礼を奉り語ることかもしれません。
誰も見向きもしない、道端の草花に意識を合わせてみることかもしれません。

どれも難しいのなら、
静かに、穏やかに、騒音から離れてみることならできますか?
ひとりで静かに時間を過ごすことならできますか?

できないのは、やろうとしないからでしょう。
忙しすぎてダメ...だとかSNSに投稿して悦に入るからでしょう。
よい子ちゃんで居ようとし、自己顕示欲や自己顕示欲を脱ぎ捨てないからでしょう。
低波動へ堕落させる仕組みであるwebの落とし穴に自分から落ちて喜んでいるからでしょう。

できないならば、自分は新しい世を創造するメンバーから外してくださいと意志表示し、崩壊する旧いレイヤーに居残りする選択を行ったということ。


静かに過ごす。とは、
この地球を新たな世に導くための地球人82億人のひとりとして、責任を果たすためです。
1億2,300万人のひとりとして、この国で今を生きる人にしかできない「和する心」によって望ましい現実を創り出すためです。
心の波動によって次の世を創り出す重要ミッションを担うのは、わたしたち一人ひとりの役目です。
しかも自ら手を挙げてここにやってきている限りは、約束を果たせるよう行動するのが筋でしょう。

いま、ここにあるがままに生きる。
いま。ここで静かに穏やかに過ごす。

陽は巡り。
日は巡る。
どのような日を生み出すかは、一人ひとりの心にかかっています。




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