カシミヤのコートが語るもの

9月6日。
まだ作業部屋の室温は34度にもなり冷房フル稼働。
そんなところに「カシミヤのコート」。
もう広告媒体は冬支度である。
着なくても、持てばわかるその軽さとしなやかさ。
その高級感を視覚に訴える必要がある。
やわらかい光を作らなくてはならない...。
冬の冷たさを表現する影も活かしたい...。
この商品を預かり二日が過ぎた。
今日は演奏会収録が控えている。
切り替えに時間のかかる頭の中は、既に映像と音楽に移行しつつある。
カシミヤの語りを切り取ることは出来ただろうか。
音楽家のとある部屋にて

ある音楽家の、ある部屋の一角...。
映像チェックをしているうちに日が昇っていた。
無造作に置かれ今は使われていない楽器が、時の流れと歴史を語る。
その時、部屋はまだ寝息に包まれていた。
まだこの日の収録データ作業までたどり着かない...。
山積みの紙原稿は少しは減少したが。
美しさは形に現れる

昨日の収録会場での一枚。
ビデオ、レコーディング、写真と機材を持ち替えるたびに自分の感覚も切り替えなくてはならない。
同時進行で収録を行っていると、頭の中で混乱を招く。
そんな感性の切り替えをスムーズにしてくれるのが造形美。
何気ないピアノのイメージ写真だが、音楽の世界を作り出す楽器がビジュアルのフィールドに光と影を生み、聴覚の世界から視覚の世界に橋渡しをしてくれる。
そして、音の流れが時間の流れとして映像のフィールドにも橋渡しをしてくれる。
な〜んだ機材を持ち替えるだけじゃないの?
という方は、よほどの天才かニセモノかどちらかだと思う。
私は、そんな安易な仕事はしない。
切り替えに少しの間がかかるのは自らのキャパの限界と理解しているが、この世界には感性が要る。
美しい記録

少し前のストック画像から。
といっても3年も前になる。
窓際の柔らかい日差しを意識した、ある日の一枚。
日常の風景の中にもこんな撮影チャンスがある。
50mm/f1.4レンズ。
F2.5 で 1/80 ISO200 のデータが残っている。
ブレのリスクを避けるため、ISOを200にシフトしシャッター速度を稼いだのだろう。
撮影時の記憶は消え去っているが、美しい女性の姿はこうして残っている。