街中にある静寂と平穏

市街地の真ん中にも静寂はある。
街中にも平穏な空間がある。
それを感じる人の「心」により、その現実が創り上げられます。
それを感じる人の「周波数」状態により、その現実と響き合います。
こうして、
外部に結晶化した、他者・他存在が生み出したエネルギーやその結果ではなく、「自らの感じ方・波動のあり方」によって目の前の風景は変化してゆきます。
これが「意識が顕現化する」大法則。
これが「思考が現実となる」大いなる仕組み。
まさしく、
幸せとは、どこかにあるものではなく、掴み取るものでもない。
幸せとは、そのように感じる「心のあり方」である。
と語られる真実そのものだと。
街中にある静寂。
街中にある平穏。
空氣感という周波数

感じられる人たちが増えているはずです。
空氣感。その感覚を。
感じる、とは、
そのエネルギーが持つ周波数と同期すること。
同期する、とは、
同じ波長で共振し共鳴すること。
ここに同じ波動を共有する体験が生まれ、
それがこの地・この世に顕現化してゆきます。
これからの世は、周波数という固有の振幅波動の世界。
波長が合うか合わないか。
それを「能動的に」感じてゆく世界。
目の前に出現する現実そのものが、周波数の違いによってものの見事に異なる世界。
空氣感という周波数。
空氣感という言靈そのものがエネルギー存在だと再認識することでもあります。
わたしが、この場この時に合致した周波数と同じものを共有してゆきます。
合致した波動を受け取れる方とは「共鳴」します。
それが、心で「響き合う」感覚であること。
美しい世は、美しい周波数によってもたらされます。
美しい世は、美しく響き合う感覚によってのみ創り上げられます。
能動的に選択する

自分の道を創り出す。
そのためには、
能動的に・積極的に選択をする必要があります。
黙っていても勝手にノイズに溢れ塗れてしまいます。
それがこの地・この世の中。
そして知らぬ間に、その周波数に毒されます。
だから、まずノイズから離れる。
だから、能動的に行う必要がありました。
けれど、もはやこのレベルは、とっくにクリアできたことでしょう。
この次は、望む周波数を積極的に選んでゆきます。
ここが難しいのでしょう。この次のステップに行けない(行こうとしない)ケース多々。
待ち続けるばかり。
予言(預言も含め)だとか追いかけてみても...。
はい、騙されたまま眠り続けるよりは遥かに素晴らしいと思います。
しかし、待っているだけでは何も変わりません。
長大な時間が経てば、結果として「勝手に変わった」ように変化するに違いありません。
でも、ものごとにはタイミングがあり、いまその瞬間であることを忘れませんように。
旬の作物・食べ物、2万6千年も放置すれば腐敗し早々に大地に戻るだけです。
一周回って「勝手に世の中変わった!」と叫びますか。それまで生き続けることは不可能です。
旬を逃してはなりません。
二極化だとか、その言葉がもはや旧いことを理解できているでしょうか。
善と悪だ、光と影だ。とフォーカスしていること自体が、もはや化石レベルだと氣づいているでしょうか。
わずかこの4,5年の知識さえ、すでに数十年間レベルでの変容だと意識できているでしょうか。
それだけ変化は急激で、過去に体験したことがない状態だと。
一人ひとりの独自の周波数に応じた道が創り上げられてゆきます。
思考が現実化し、意識の波動がこの世に顕現化させるのです。
然るに、
望むものを能動的に選択する。
願うものを積極的に選択する。
選択しない限り、選択するという意志表示をしない限り、自分の道は決して「勝手に」創られることはありません。
だから、積極的に・能動的に選択し続けるのです。
そして、旧い「この先に役に立たない」周波数から離れる。
その繰り返しによって、結果として進化と成長が生み出されてゆきます。
紅葉し葉を落とし、翌春に芽吹くように。
同じことの繰り返しに見えていながら、決してそれは同じ葉でも同じ芽でもないように。