春の足音

今年は、早くも2月に撮影のピークを迎え、慌ただしく。
あとは桜のシーズンまでひたすら作業。
気がつけば春の足音...。
画像データを写真に昇華させる

長雨が続くと晴天が恋しくなり、
カラカラ天気が続くと雨を乞う。
さまざまなシチュエーションがあるから被写体に変化がある。
2012年3月のアーカイブより。
現在(2016年1月)の私なら、水面の奥、太陽の反射のあるあたりにフォーカスを持ってきただろう。
4年前には、水面の手前に合わせていたようだ。
当時、何を意図していたのか今となっては思い出せない。
撮影者本人の記憶は残っていないものの、この一枚から以下ような対話ができないだろうか。
雨上がり直後のまだ小雨が残る状況で、水面に落ちる水滴が印象的だった。
17-40mmf4を解放で、浅めの被写界深度を活かしてその水滴を撮ってみた。
フォーカス位置をあまり奥に持って行くと、水面手前がピントの範囲を外れるかもしれず手前に置いてみた。
露出はアンダーめ、遠方の青空を僅かに見せ雨上がりを伝え、排水溝は煩くないように。
作者はそんな意図を持ってこの一枚を撮ったんだな。と。
確か、少ないながらもまだ雨が残っており、傘をさしながらの姿勢で撮った記憶が蘇る。
濡れるのは避けたかったので結果として斜めの体制でかがみ、傘を落としそうになりながら撮ったはず。
動かない静止画だからこそ、いろいろな情報をその一枚に詰め込む。
そして、観ていただく人との対話要素をその中に盛り込んでみる。
webに放たれる単なる画像データは、撮影者の意図と閲覧者の対話によってはじめて写真として語り始める。
一枚の写真と向き合うのも楽しい

夜の帳に煌めくイルミネーションもいいけれど。
著名スポットのライトアップもいいけれど。
何気ない風景をスマホカメラで収めてみる。
そして自分の感じたその場の空気感をPhotoshopで再現してみる。
撮って・フィルターもいいけれど。
撮ってすぐに「いいね!」集めもいいけれど。
一枚の写真に魂を込めてみる。
一枚の写真に、その時・その瞬間の自分の記憶を盛り込んでみる。
画像データを使い捨てにするのではなく、
一枚の「写真」に正面から向き合ってみる時間も楽しいよ。
何を撮ったらいいか判らない

年に一度くらい、トドメの一撃のようなご質問を受けることがある。
「何を撮ったら良いか判らない。どうしたらいいでしょうか?」と。
回答に困るワーストワン、といった感じだろうか。
カメラ操作には楽しさを感じているし、既に実際に撮影の楽しさも体験した人が陥る罠かもしれない。
風景を撮ってみた。料理を撮ってみた。お花も撮ってみた...。
身の回りのものに一通りカメラを向けてゆくと、いずれその被写体のバリエーションが無くなってくる。
こうした状況で、撮影意欲はあるものの被写体が見つからない。
そんな状態なのだと思う。
ファインダー越しに見える被写体が変わる部分に喜びを見出していたのならば、次は、時間帯や光の具合が異なるタイミングで同じ被写体にカメラを向けてみる。
更に、構図の中で自分なりのテーマ、それは左右対称をひたすら追求する、だとか、反対に全く統一性のないイメージを散りばめる...。
といった具合に構図の中に主題やドラマ性を感じるように持ってゆく。
これで無限に被写体が増えてくるのではないだろうか。
撮影は楽しく、そして写真と長く付き合って欲しいと願うのである。