一枚の写真と向き合うのも楽しい

夜の帳に煌めくイルミネーションもいいけれど。
著名スポットのライトアップもいいけれど。
何気ない風景をスマホカメラで収めてみる。
そして自分の感じたその場の空気感をPhotoshopで再現してみる。
撮って・フィルターもいいけれど。
撮ってすぐに「いいね!」集めもいいけれど。
一枚の写真に魂を込めてみる。
一枚の写真に、その時・その瞬間の自分の記憶を盛り込んでみる。
画像データを使い捨てにするのではなく、
一枚の「写真」に正面から向き合ってみる時間も楽しいよ。
何を撮ったらいいか判らない

年に一度くらい、トドメの一撃のようなご質問を受けることがある。
「何を撮ったら良いか判らない。どうしたらいいでしょうか?」と。
回答に困るワーストワン、といった感じだろうか。
カメラ操作には楽しさを感じているし、既に実際に撮影の楽しさも体験した人が陥る罠かもしれない。
風景を撮ってみた。料理を撮ってみた。お花も撮ってみた...。
身の回りのものに一通りカメラを向けてゆくと、いずれその被写体のバリエーションが無くなってくる。
こうした状況で、撮影意欲はあるものの被写体が見つからない。
そんな状態なのだと思う。
ファインダー越しに見える被写体が変わる部分に喜びを見出していたのならば、次は、時間帯や光の具合が異なるタイミングで同じ被写体にカメラを向けてみる。
更に、構図の中で自分なりのテーマ、それは左右対称をひたすら追求する、だとか、反対に全く統一性のないイメージを散りばめる...。
といった具合に構図の中に主題やドラマ性を感じるように持ってゆく。
これで無限に被写体が増えてくるのではないだろうか。
撮影は楽しく、そして写真と長く付き合って欲しいと願うのである。
写真に魔法はない訳で

スクールに通うと自動的にカッコいい写真が撮れる...。
先生に習うと勝手に美しい写真が手に入る...。
ってなことは無いわけでして。
さまざまな知識を得たり種々手法を学ぶことはできても、それを実際に活用しなければ結果は変わらない。
料理のレシピ本を手に入れても、実際に料理をしないと何も口にできないのと同じなのだが。
ここを勘違いする人。
まだまだ多いかもしれない。
いや、判ってらっしゃる、
とは思うのだけれど...。
そろそろ夏が終わる

まだまだ残暑は厳しく、季節の変わり目を体感することはないようだ。
だが、ふと見上げる空にはその兆しがあらわれているかもしれない。
撮影時点から入念に考えられ、後工程でも丁寧に手を加えられた一枚の作品は価値があるだろう。
でも、何気なく見上げた空に感じたものを、無造作にそのまま切り取ってみる。
そんな楽しさをもっと広めたい。