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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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向こうから語りかけてくる

向こうから話しかけてくる photo 宮本章光

それは言葉ではありません。
でも、
何か、目では見えず手で触れることもできないながら、何か。なんとなく。

それが生命のエネルギー波動だと知り得ます。
しかし、
その周波数に合致しなければ決して感じることができないもの。

きっかけとなるキーは、
「色」かもしれません。
「匂い」でしょうか。
あるいは、
「音」なのかもしれません。

ですので、いきなり目に見えないものなど感じられない...と落胆する必要はありません。
まずトリガーとして、五感で受け取ることができる波動があります。
それを受け取ることから始めてみます。


この場合は「色」でしょう。間違いなく。
対比・コントラストが強いので目を引きます。そこに意識が合います。

補色関係の赤と緑。
逆光の光と影。
その強いコントラスト。

そう感じた瞬間に、その色や光の周波数に合致していることをまず認識する。
その入り口をくぐったならば、そうすればこそ、
「その生命存在が放つエネルギー」を「なんとなく」感じるはずです。

そういうもの。
そういう感触のものだと。


もっともっとその波動へと合わせてゆきます。
すると、
小雪がちらつく氣温であっても、暖かい感触を得ることがあります。
曇っていた空が瞬時に晴れ渡ります。朝からずっと厚い雲に覆われていたはずなのに。

これを偶然だ、たまたまだ、と片付けてしまうのは自由です。
けれど、
この先に心のふれあいを大切にし自然と共存する世を創り上げるためには、そんな「些細」で「手で触れることも目で見ることもできない」感覚・感触が必要になります。


幼児期に言葉を覚えてゆきました。
満足に理解もできないながら、物に名前があることを理解し、状態や状況を示す言葉があることを知ります。
それは、手に握ることも口に入れて味わうこともできません。
でも、言葉として「名前や表現」をする手段があることを理解し知識として蓄積してきました。

目に見えないから信じない。明確に触覚がないから信じない。
乳幼児が、口に入れて味がしない・食べ物じゃないから、言葉なんて・物に名前があるなんて信じない!
などと拒否していては一切の成長が閉ざされてしまいます。

同じではないかと感じるのです。
凝り固まった悪しき洗脳を自分でクリアしなければなりません。
モノを捨てたから浄化が完了したのではありません。

そして同時に、
静かに過ごす。
穏やかに生きる。
必要とされないノイズから離れる。

そうしなければ、微細で繊細なエネルギー波動は感じられないのだと知ることも必要でしょう。
だから静かに過ごすのです。


朝っぱらから、前代未聞の大雪だ記録的な寒波だ、なんだ、とオールドメディアに触れ続けている愚を。
朝起きた瞬間から、人と比べ負の周波数に落とし込まれるタイムラインに触れる愚を。
もっと言えば、
仕事だから仕方ない。生活のために仕方ない。そういう言い訳そのものも、もうやめる時間はとっくの昔に終わっています。
それを続けるのは自分の選択。
そして、自分の選択が自分に降りかかる結果を生み出します。


向こう側から語りかけてくる感覚。
向こう側から話しかけてくる微細な感触。

静かに、穏やかに生きるからこそ感じ取ることができます。
そして、その感覚・感触を大切にする人たちだけが、この先の世を創り上げ歩むことが可能になるはずです。




ものごとは捉え方でどちらにも転ぶ

2026蝋梅開く photo 宮本章光

目の前にかかった霞のようなもの
心に覆い被さったモヤのようなもの

どれもこれも、邪魔者扱いされてしまうに違いありません。
けれど、
それがフィルターとして大切な目や心を守っているのかもしれません。

どちらの役目を果たしているのか。
それは、直感に訊くことで明確になります。
ええ、明確とはいえ「はっきりと言葉で」返ることはありません。ただ、確かな感覚として感じることはできるでしょう。

こうした感覚を大切にすること。
何でもすべてにおいて物質至上の世で長く生きてきたために、手に触れるモノがあり感触があること。それこそが信頼すべき答えだと思い込んできたのでした。

心の感覚。
それは、
よくない言靈にしてみると「掴みどころがない」感覚でしょうか。
けれど、掴めないから間違いという思考回路・認識プロセスそのものを卒業するタイミングだと理解できます。


舞い散る小雪。
フィルターがあればレンズを直撃しません。
メガネがあれば網膜を直撃されるリスクは減少するでしょう。
このように、捉え方次第でものごとはどちらにも転ぶことを知るタイミングを迎えています。

これが「在り方」の本質。
これこそが「思考が現実を創る」本質だと。




元の波動に戻る必要はない

2026紅梅が花開く photo 宮本章光

明確だと信じていた「道」は、実はそうではなかったかもしれません。

世の裏側を知り、
世の支配構造を知り、
誤った真実を信じさせられてきたことを知りました。

そして、
それらを知り得るほどに自ら成長を果たせた・精神性を拡大できた。と感じてきました。
これを続け、待ち続けていれば、いずれ世の中は変わるんだ。と。
けれども、
その感覚そのものが「誤り」であったことに氣づく必要があるかもしれません。


騙されてきたこと・洗脳されていたこと。
それを知ってみたところで、これ以上に意識を拡大することが難しいかもしれない、と。
それを知ってみたところで、この先に望ましい現実を作り出すことと直接の関係がないかもしれない、と。

過去の誤り・過ちを知ることに意味がない、というのではありません。
でも、そのフォーカス先の周波数に合わせて、それを拡散せよ・知れよ・学べよ。とやっていても「その過去の誤った波動」を増幅しているだけでしょう。

これをやっている限り「その先への進化」ができないことを理解したいものです。
その先への進化とは、
自ら能動的に「望ましい周波数」を「新たに生み出す」ことでしか実現しないことを。


ポジティブになりましょう。わくわくしましょう。
それは正しいに違いありません。間違いだとは言っていません。
でも、そこに加えて「明確に望む風景を」描いていますでしょうか。
これが完全に抜け落ちていませんか。

誰が悪だ、何が裏で行われている、もうすぐだ、あと少しだ。それが作戦だ数秘術だ。
と、そこに周波数が合致している限り、その周波数に合致した「望むものは実現しない」現実がいつまでも続くだけです。
次から次へと、落とし穴がやってきます。超えても超えてもワナが出現します。
それがこの地の約束事だからです。
ここを本心から理解したのなら、そういった発言は出てこないはずですし、表に立って、それ見たか!言うてる通りやろ!とは決して語らないはずなのです。


極めて重要なこと、それは、それらを乗り越えさらに先に進むこと。
新たに生み出すためには、明確に描き出す必要があるのです。
芽吹き花開き、立派に披露する木々や花々のように、明確にその姿を描かねば、それは実現できないだろうことです。
まして、
いつまで待つのか。
いつになれば世は変わるのか。
もう限界。もう待てません。と叫ぶ行為が、その先に顕現化しようとしていた芽を根こそぎ摘んでしまうことに理解が及んでいません。


この先に願う風景、望む世は、
自分たちの心から生み出し、それを束ね、拡大上昇させてゆくことが必須なのです。
わざわざ「元の周波数に舞い戻って」その周波数に合致し続け、燃料を焚き続ける必要はありません。

無理に感動して。無理に感謝して。無理に...無理矢理に...。
それは、実現していない「不足と欠乏」の周波数を維持し続けている証拠。
それは、まさしく「頑張って」力でねじ伏せることが美徳と習った悪しき洗脳のまま。


美しいものを美しいと語る。
素晴らしいものへ素晴らしいと伝える。
嬉しいことを嬉しいと表現する。

この心と周波数が完全に合致した瞬間に、いとも簡単に波動は上昇するものです。
それが法則だからです。




現実という目の前は自分が創りあげる

国魂の梅が開く photo 宮本章光

答えがひとつではないことを知りました。
現実は人それぞれに異なることを理解しました。
目の前の風景は一人ひとりが創り上げることを学びました。

何を想い、
何を描き、
何を生み出してゆきますか。




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