誠意を感じることができる人

こちらの誠意を感じることができる人。
こちらの誠意を感じることができない人。
一文字だけの違いで、結果は正反対になる。
まだまだ捨てたもんじゃない、日本人の心は継承されている。のか、
はたまた、
人のココロを読むなんて無意味。数値計測できない不合理に付き合うことに意味があるのか。
とでも言うのか。
意味があるか、意味がないか。
それは、時間が経ってから、そして人生の刻を重ねてから判ることもある。
インスタ映えと写真を撮る意欲の原点

「インスタ映え」のワードも、そろそろアーカイブ殿堂入りだろうか。
この言葉には、faecebookに投稿を続けるのと似たような、抵抗感、違和感というのか、ネガティブな方向のベクトルをもったゾクッとする感覚を感じる瞬間がある。
そもそも、自分自身にとって写真を撮るタイミングは「これ、写したい!」と思うからシャッターを押してきた。少なくとも業務撮影以外の時間においては。
だが、時代は、インスタ映えする被写体は何か、インスタ映えする撮影方法はどうなのか...。
と、逆に小難しくしてしまっているようにさえ思える。
それに、投稿することがまずありきで、投稿するために写真を撮る。
ま、そこにビジネスを絡めてきた以上、仕方ないのだろう。
目の前にある「これを、今、撮ってみたい。」
という気持ちを大切にしたい。これが写真を撮る意欲の根源だと思う。
自浄作用はもう働かないのか?

住みにくい世の中になってきた。
天に向かって吐いたものは自分の顔面に降り注ぐ。
自浄作用はもう働かないのか、日本人。
このシーズンになれば、クリスマスデコレーションだけは光り続ける...。