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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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未来に向かって種を蒔き育てる

秋を迎える photo 宮本章光

将来に芽が出るかどうか。
それは誰にもわかりません。

未来に花開くかどうか。
それはその時を迎えてみなければわかりません。

けれども、
「種を蒔かない限り芽は出ない」のは疑いようがありませんし、「目的に沿って育てない限り望む花は開かない」のは確かでしょう。


いまこの時を大切に。
とは、
嫌なことに蓋をして見て見ぬふりをし怠惰に過ごすことではなく、無理にわくわくしなければならないほど荒んだ心の状態を隠すことでもなく、あるいは、心にもない言葉面だけで感謝感謝と重ねることでもなく。


いま、ここに意識し心に描くもの、あるいは物理次元地球における一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)を大切にし育むことにより、それが結果として花開くという事実。

この4年間あるいは2011年以降、物ごとに真摯に取り組み、望む近未来を明確に描いてきた方々にとっては、すでにここに「花開く」その前夜を迎えているはずです。
もしくは、
すでに、目の前には美しく花開いているに違いありません。

佳境に入りました。とメッセージをいただきました。
もう元に戻ることはありません。


さらに多くの美しい花を咲かせましょう。
さらに多くの穏やかな心を拡大してゆきましょう。
そのためには、
まず、種を撒くこと。そしてそれを大切に育てること。
一朝一夕(いっちょういっせき)に森は生まれないこと。

何を大切にして生きてきましたか。
何を心に抱いて今日まで生きてきましたか。

秋を迎える photo 宮本章光

わたしが感じた心、
「その一枚の中に込めた心」を受け止めていただける方々と、肩を張らず、ともに心から響き合える感動を共有してゆきたいと思っています。
それが、望ましい未来を創り上げる方法だと思うからです。

数を追い、人と比べる必要性。
それらを捨てたときに、初めて見えてくる風景を。

わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

言葉づかいには十分に氣をつける

IMG_7864_2023.jpg

色々な考え方があり、さまざまな生き方があります。
人それぞれ。
すべて自由であり何ものにも束縛される必要はありません。

でも、
「口にするもの(言葉)」には、十分すぎるほどの心配りをしたいと思います。
それは「音」として口から発する段階に至らぬまでも、心に描くだけであっても。


「言葉になる前にその感情を心に描く状態」。
その段階において、目に見えないフィールドには、既にエネルギーとして生成されていることを知るならば。
だからこそ、
心に抱く感情、心に描く意識に「責任を持つ」重要性、そうした部分が多く語られ、そして頻繁に目にするようになってきたこと。
ここに理解が追いつきます。


-- 一人くらい、何を考えようが、何を喋ろうが大したことないやろ。
-- 文句を言おうが愚痴ろうが、そんなもん人の勝手や!

こうして、個々人が心に描くものが集合体となり「大きな力」となってゆきます。
この重要ポイントを逆手に取って、この地を・この世の中を支配してきた少数の特定支配層が存在していることを、もうここで重ねて記す必要はないでしょう。
だから、世の中にはネガな情報が蔓延しているわけでして。
(この文言の意味が通じない方々とは、ここでのご縁は繋がっていないはず。)

まんまと、その策略に引っかかってしまうと「その負の力を増幅する」そんな立場、いわゆるワルもの側に、あろうことか自分がレギュラーメンバー入りしてしまいます。
(そして、氣づかぬうちにたっぷりとマイナスポイントを貯め込んでしまい、来世以降にもそのザクザク溜まったマイナスポイントを解消するための苦悩:因果が待ち受けています。)
あるいは、
自分の心の状態を感知するセンサーが「腐っている」と、ネガな力に憑依されていることさえ氣づくことができません。
(これは、口にする「食べ物」のほうが大きな影響を与えていることも判ってきました。)


みんなでより望ましい未来を描きましょう。と、過去からのすべての負の感情を浄化し、本当に苦しいプロセスを踏んで成長を重ねてきたはずです。
苦しみ・もがき・のたうち回る。
その苦しさを味わったからこそ、「もう二度とその力には意識を合わせない!」と誓い、そこから離れた人だけが、階段を一段あがることができたはずです。

そうした体験を積んだからこそ、もうそのエネルギーには合わせないだけのこと。
ところが、
その苦しみを、肉体的にも精神的にも、本当に極限まで味わったことがない人には理解できないのでしょう。
「何を浮ついてんねん!フワって嬉しいか!バカなやつ!」
「お花畑は脳天気で結構なこった!」
としか見えないのですね。


大人になり、年齢とともに人生経験を重ね、人の厚みや重み、といった内面を熟成させて行くにつれ、そうした「負の力を込めた言葉」から離れてゆきます。
そこにに、何らメリットがないのみならず、何も望ましい現実を具現化するためのエネルギーが含まれていないことが判っているからでしょう。

おばあちゃん(わたしの祖母:大正生まれ96歳で他界)が、幼少期のわたしに対して、何度も何度も「口にするものに注意しなさい」と繰り返して語った理由。
その本当の意味。
同じ世代となる、十干十二支が一巡りしてくる歳回りを迎え、はじめて理解が到達したことを嬉しく思います。

【おばあちゃんの知恵袋:先人の知恵を今日に生かす】
(noteサテライト)[Link]


恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

まず味見してみる・試着してみる

紫陽花が花開く photo 宮本章光

まず味見してみる。
まずは試着してみる。

そうしなければ判らないことがあります。
口にして、自分に合わなければ、次から食べなければよいだけのこと。
袖を通してしっくりこなければ、その上着は購入しないだけのことです。

これほどまでに単純な判断と行動さえもできなくなっている人たち多数のようです。
ただし、絶対に間違ってはならない「入口」があります。

毒は口にしてはなりませんし、毒を体に入れてはなりません。
それは、自分の勘がアラートを鳴らします。
アラート機能も腐り果て、センサーも朽ち果てた心では、その判断も無理なのかもしれません。
そして、
こうしたテーマを語ると、浮ついているだとか、氣の緩みだとか。あるいはスピってる、などと発言をする人たちも多数。


覚醒したとされるゾーンに居ながら、行動しなけりゃ世の中変わらない!と、ずっと叫び続ける層の方々。
いえ否定はしません。物理社会に存在している以上、何もしないのは結果を導きだせませんから。
ところが、ちょっとマズイな、と感じるのは、
その正反対に迷宮入りしている例が増えているように見えるのです。

わたしはこの状態を「ポジティブごっこ遊び」と呼んで、大きな勘違いをしていることを書いてきました。
何より、自分がその道を通ってきたからこそ、その失敗と同じ道をトレースしている事例はすぐにわかります。
正反対に迷宮入り...とは、
何もしない。何も考えない。
それがニュートラルポジションだから。という罠。

これもある意味正しい部分があるでしょう。
でも、
その状態で、いつまでも救世主を待ち続ける。誰かがやってくれる。
そんな発想で居続けるだけでは、やはり世の中は変わらないはずです。


難しいでしょうか。
いえ、とても簡単だと感じます。両方ともにやって失敗しなければ判らない部分もあるかもしれませんが。

前者は、
物質社会・物理次元的な縛りにかかったまま。肉体を使い続ける範囲でしかアクションを起こせていないように見えます。
後者は、
反対に、この物質社会に肉体を保持し存在しているにもかかわらず、その接点を完全に無視し自らの行動さえも放棄してしまったように見えます。


何ごともバランスが必要だと感じます。
そのためには、
まずは味見してみませんか。
まずは試着してみませんか。ということなのです。

精神世界を語る人が一律おかしい、狂っている、と切り捨て、物理次元・肉体を使い広めることがすべてではなく、
あるいは、
精神論万々歳ではなく、やはり物理時点の肉体とのバランスも必要でしょう。


この国の先人は有益な言葉を残してくれました。
「まずは味見(あじみ)する」
ここに至らずに自分から門前払いしている限り、いずれの事象でもその真髄に触れることは難しいのではないでしょうか。

この場でご縁のあります多くの皆さまとともに、常に強力な導きのエネルギーを送り続けていただく諸先輩方・高次存在への感謝の言葉を忘れぬように。
ありがとうございます。感謝しています。

弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。

顔に出る・顔を見れば判る

たんぽぽの綿毛が美しい photo 宮本章光

植物は、その花や種が顔なのかどうか不明ですが。

すべてのモノ。
すべてのコト。
顔として認識できる部分(あるいは顔のように示されている代表的なパーツ)を見ると、概ねその対象の「なんらかのイメージ」が判ります。

美しい花は、美しい種を作り、美しい形状は美しいエネルギーを放ちます。
同じように、
美しい言葉は、美しい言霊が宿り、美しい響きが美しいエネルギーを伝えるのだといわれます。


二極化の地で学んだもの。
二極化の地で体得したもの。
それらは、肉体が滅ぶとともにすべて消滅するのではなく、これからも、そして永遠に進化し続ける魂の糧として貴重な存在になるとされています。

物質化したモノだけではなく、波動として感じるエネルギーに対しても、顔があることが判るようになってきています。
そして、
その顔を見れば(感じようとしてみれば)、そのエネルギーがどちら向いているのか。
その顔を見れば(感じようとしてみれば)、そのエネルギーがどのような性質なのか。
まさに、
顔に出ていることが伝わってきます。

光の島の構築も着々と進んでいるはずです。
ここでシンクロできる皆さまのエネルギーは、すでに「なんとなく」ではありますが、伝わるような氣がしています。
これから創り上げようとする道に必要となるエネルギーだけを選択し、その美しさと崇高さに心をシンクロさせてゆきましょう。

こちらでご縁のあります多くの皆さまとともに、常に強力な導きのエネルギーを送り続けていただく諸先輩方・高次存在への感謝の言葉を忘れぬように。
ありがとうございます。感謝しています。

弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。
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