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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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そこに持ってゆくことで

川面に馳せる photo 宮本章光

川面に輝く波長に合わせることで見えてくるもの。





五感を総動員したその次を感じてみる

飯舘の夏 photo 宮本章光

鳥の囀り。蝉の合唱。
心地よいそよ風。
土の香りに樹々の匂い。
踏みしめる柔らかい大地。
味覚はこの瞬間にはありませんが、風の香がその役目を果たすでしょう。

五感を総動員して「感じて」みます。
すると、
それ以外のエネルギー、その次にも大きな力が存在していることに氣がつきます。

目に見えない力に響き合います。
目に見えない氣を受け取ります。
それは、
すべての生命存在が生きる姿。そこに生み出された生命力の波動。





線と面と点

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線、と面、と。
そこに点という停止モード。

時間の流れを示していることに氣がつきます。
うわべだけ、時間は無い。高次元はこうなっている。
と、浮き足立ってしまう傾向が目につきます。


目の前にあるもの。
目の前には、無機質な存在ではなく生命があることに。
そして、
線と面という物理次元の拡大意識とともに、そこに「点」というストップモードを加える。
そこに、
時間軸の感覚がプラスされてきます。


この「動と静」「停止と拡大」という、一見関連のないと感じるものを融合してゆきます。
見事な心の遊戯。

頭が勝手に妄想しているに過ぎない。という考え方もあるでしょう。
しかし、その思考のトリガーとなったエネルギーはどこからやってきたのでしょうか。

わたしたちは、いとも簡単に「思考を操られて」しまいます。
この弱点に憑かれて支配されてきたのですから、もう過ちは繰り返さないことです。

思考は、その周波数に合致するエネルギーがあり、そこにシンクロすることで「見せられている」と学んだのなら、
何に「合わせる」のか。
ここに、自分の心の手綱が隠されています。

発する・そこにすでにある望ましい力を選択する。
それが自分の意志表示。
それこそが、オーダーメイドの現実創造。




「真実はひとつしかない」の間違った思い込みを解放する

空に広がる意識と心 photo 宮本章光

これまでの物質社会の世では。
という条件を添えて、です。

物質社会・物質次元では、結晶化した物質ありきだったこと。
そして、モノを中心とした経済社会という名のピラミッド構造が意図的に仕組まれ、その地に永年生きることで「それを当然のもの・当たりまえのこと」として認識してきた大前提がありました。
この大前提に立脚した、個々人各々が創り上げる心のエネルギーは、集合意識として、さらにタイムラグを経て物質化をより強固なものとしてきたのでした。

その中でもとりわけ強大なもの。
それが、「真実は一つしかない。」という言葉ではないでしょうか。

ええ、表情が鮮明に目に浮かびます。
---当たり前やろ!
---あんたアタマ大丈夫か!
と。

重ねて書きます。
「これまでの物質次元の世では」です。

一人ひとりの心が生み出す巨大なエネルギーは、まず目に見えないフィールドに影響を及ぼします。
そこには、必ず何らかの結果が産み出されること。もう繰り返す必要がない段階に到達したはずです。
産まれたエネルギーは、一人ひとりの「完全オーダーメイド」であるため、結果は千差万別、十人十色となることは自明です。
当然ながら、真実という一人ひとりの固有の識別ラベルを付けられたエネルギーは、一つではありません。
最初にここを理解しておく必要があります。


ところが、です。
昨今の精神性の拡大と、またその分野のビジネスが盛んになるに伴い「すべては一つ」「無こそが究極の悟り」といったようなキャッチが一人歩きをし始めています。
誤解を避ける意味で、初めに但し書きをつける必要があるでしょう。
これらのワードに「間違いはない」と思われますし、その世界で語られている内容には「どこにも誤りなどない」はずです。

しかしながら、受ける側のシチュエーション(そのワードだけを受け取る人の精神性の拡大度合い)により、語られている内容とは「異なる」ものとして取り入れてしまうケースが多々あるように見えます。


--- すべては一つ。と聞くと、
それをこれまでの物質社会の既知体験レベルに落とし込み「だから言ったでしょ、真実はひとつだけなんだよ!」と。
--- 無こそが極み。と聞けば、
同じように既知の知識のレイヤーに当てはめ「だから言うてるやろ、変化したらあかん。無がすべてや!」と。

もうこれ以上の説明は不要かと思われます。
個々の受け止め方が、まったく違うものになってしまっているのです。
そして、
多くの人々、大半の方々といってもよいでしょうか。その大半の方々が少しづつ精神性を拡大し、凍結されていた心のセンサーも復活しつつある現在、これらの「キャッチコピー・ワード」だけを既知のモノサシで勝手に解釈してしまわないことが大切ではないかと感じるのです。


真実は一つしかない。
それは物質次元における「イイもの・ワルもの論」のレベルではありませんし、政治の裏側の悪事を暴くために「一つしかない真実」を突き詰める。そんなフィールドの「一つしかない」話とは異なるのだ。と理解したいところです。

ある程度の精神性の領域を復活させ、自らの存在、そしてすべての存在が「モノとココロ」の両輪で成り立っていることにまで成長できたのなら、ようやくその先に「うっすらと見えてくる世界」。
その先にこそ、「すべては一つ」と語れるだけのエネルギーが生じてくるのだと感じています。
少なくとも、
メディアに揺さぶられ、SNSでブレまくっている状態において、すべては一つだ。と語られるワードに「望ましいエネルギーが内包されている」ようには到底感じられないのです。

言葉は生きています。特にこの国の言葉には「言霊」が宿るとされます。
その言葉を発した人のエネルギーレベル、その人の精神性レベルによって、「コトのは」は生き物として伝える力がまったくことなるものに変化する驚愕の事実。
そして、同じように受け取り側のレベルによっても、そのエネルギーが完全に逆方向に向いてしまうこともある驚きの真実がここにあります。


ここまで理解を得たあとから、その時点で初めて、
「真実はひとつしかない」と口にしたいと思っています。
磨くべきは、自らの魂レベルだと語られている通りでしょう。
御霊(身霊)相応。その通り。

本日も深いエネルギーのシンクロをいただく皆さま、ありがとうございます。



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