顔を見れば判る

顔に出る。
それは、生命のみならずその存在が発するエネルギーそのものについて語られていたこと。
見た目こそストレートに伝わるのだと。
そんな時代に入ったことが判ります。
この画角の中で大きな違和感を感じる照明灯は、あまりにも周波数が違いすぎるために違和感として受け取るのではないでしょうか。
この感覚を、より多くの人々が持ち合わせるようになれば世の中は一氣に変わるはずなのですが。
もちろん、蓼(たで)食う虫も好き好き。個性や感性その多様性は尊重されるべきであり、それを否定するものではありません。
別に...あっても無くても何も思わない...、それも当然アリです。
それぞれの存在には、客観値としての波長・周波数に大きな差があることを感じられれば、それで論旨に到達します。
目に見えないエネルギーとは、こんな些細なところからも感じ取ることができる、と知る必要があるでしょう。
顔を見ればわかる。
すべては顔に滲み出る。
違和感を捉えるセンサー、磨いて磨いて磨き続けます。
ニセモノに騙されるばかりの超ビギナークラスは、とっとと卒業したいものだと感じます。
すべてが陳腐化したように

すべてが陳腐化して見えるようになりました。
何もかも、もう満腹。
そう、大昔。
「二百字練習帳」の宿題が出された時と同じ感覚。
200回も同じ字を書かなくても自分は覚えられる。
と、職員室(教員室)へ陳情に入ったことを。
そして、
結果として、では2種類を100回づつにすれば?あるいは3種類を66回づつ書けばいいでしょ。
と嗜められたあの日に酷似していることを。
お化け屋敷に入って、いのちを取られるぞ!と叫ぶ人たちを見るのはもういい。
自分で入ったんでしょ。それにVRなのに。
そうやって上から見るのはやめなさい。と教えられているのだと理解はできているつもり。
そして、自分がそこにフォーカスしてしまっているから顕現化してしまうことも十分理解したはず。
自分で勝手に作った神話が崩れるのを見ているだけ、とさえも理解しているはず。
自分の心に、そこにフォーカスしてもいいと許可を出しているつもりはないながら、得体の知れない酷い波動に操られている感覚...。
満腹。
あらゆるものが陳腐化したように感じます。
【関連記事】
「人が作った価値観に流されるな」2024/05/16(Thu) [Link]
全体像を知るメリットデメリット

全体像を俯瞰できるようになる。
それは、一つの結果を得ることに違いはなく、達成感や満足感に通じるものだと思います。
けれど、
その対象となる事項・モノ・コトは、本当に「自分が望んでいる」ものでしょうか。
望まないものであっても、そこにフォーカスするだけで、自分自身がそのエネルギーを拡大・増幅してゆきます。
こうして「落とし穴」に落ちるように落ちるように、と故意に仕組まれているこの地。
そして、そのワナを巧みに躱し(かわし)、成長を重ねてゆきます。
まさにゲームのステージをひとつづつ上がってゆくように。
忘れていませんか。
ここは「うまく行かない現実」という名のVRゲームセンターだったことを。
罠だと氣づかない限り、いつまでも・何度でもその落とし穴にハマり続けます。
そして、ハマるレベルの未熟な魂である限り、ハマったことさえも認識できずに永遠に隷属化の世に滞在し続け、罠に落ちる失敗を繰り返すのです。
自分から精神性を高め靈性を磨き続けない限り、すぐにメガネは曇り再び落とし穴にハマってしまいます。
そして、心のセンサー感度をあげ「直感」と「違和感」というアドバイザーの声に耳を傾けない限り。
執拗にwebの情報を追い続けるのは、単にノイズに塗れるだけかもしれないこと、判断を的確に行いたいものだと感じます。
こうして永久に出口の見えない負のスパイラルに囚われてしまうのだと学んだのですから。
待つだけしか道はないのか

これ以上に引っ張ってみても、先駆けとなる波動は劣化するばかりでしょう。
これ以上に先送りしても、しんがりの波動が向上する見込みは極めて低いでしょう。
ゴールポストを先送りすることで、積み重ねた因果が解消される機会が増えるとしても、それ以上に全体・合算エネルギーは負の方向に振れ始めていること。
この「ピークを超え下降曲線に突入」し始めたことを、どれだけの意識・魂が認識できているでしょうか。
プランはゴールに達したように思われます。
計画が失敗であったか成功したのか。
それは、「どう捉えるかという個々人が描き出す周波数次第だ」と学んだのであれば、この就学前初等教育プログラムは終了したはずです。