素顔のままで

派手に着飾らなくとも。
美辞麗句を連ねなくても。
直感に響くものを選択する。
それだけ。
他人に評価をされる必要はなく、それに耳を傾けることもなく。
ただしそれは、自分勝手という意味ではないことを理解した上で。
そのままで十分。
そのままで自分の価値を表現できる彼らの姿。
そのままで美しいと伝えます。
知らないことを知る・その意味

知らないことを知る。
知らない、知らなかった。
その状況を客観的に認識することが必要な時期に入りました。
知らなかった項目や事象を、新たに知識として得る。という意味ではなく。
それは、単に知識を追加しただけにしか過ぎないことを。
この落とし穴に落ち込むと、抜け出すのは困難を極めます。
やなぎの芽でしょ。
でも種類は分からない。ええそうですか名前は〇〇というんですね。
はい知識として得ました。もう知りましたよ...。
これが違うんだよ。
そこが間違っているんだよ。
と、啓示は指導のエネルギーを送り続けていただいています。
知るのは知識ではなく、自分が知らない状態であること、そしてその知らない事項は無限に存在する。
ということに。
その自分自身の状況と、知らないものは少ない・有限だ。と誤って捉えている意識状態とを。
宇宙には知らない未知の物質が98パーセントあるんでしょ。
知ってるよ。
と、驕り昂ぶる波動状態に居続けることを戒めています。
目に見えない世界があるんでしょ。
知ってるよ。
と、この世の定規とメガネという限られたツールによってしか認識できていない状態に自分が居続けていることを知らせてくれます。
知識という「数を増やすこと」にフォーカスする物理次元と唯物主義の世。
知識という「単なる一つの項目」に関する自らの状況・状態を認識し精神性の拡大と成熟へ向かう世。
これからは、そしてすでに、後者の世の中になってきていることは明らかでしょう。
知らないことを知る。
とは、
知らない状態にある自分を知ることだと。
物質次元を卒業する、とは、こういう部分にも表出していることを知ります。
モノではない、との言葉で語られるその本質は、まさにこうしたエネルギーが対象であることを知る時期を迎えています。
欲を捨てなさいと

凍てつく池の面持(おもも)ち。
パッと見では、星空の写真のようにも感じたものです。
それはフラクタルではない(とは言えない)ながら、似たような感覚は似たようなエネルギーを持っている証でしょうか。
欲を捨てなさい。
と、啓示の声。
その先にあるものは「空(くう)」なのでしょうか。
何もない...という認識ができる「無」がある。
何も認識ができない...のは、空でも無でもないことを。
物理次元・物質次元では、
連続性なくして顕現化しないことを学びました。
有から無へは、
連続性があるから、有から無へと変遷したことを認識できるのだと。
欲そのものが悪なのかそうでないのか、という観点ではなく、
欲が有る状態から無い状態への連続性を認識するからこそ、捨てるという感覚を得ることができるのだと。
星空にも見えた凍てつく湖面は、
有と無の架け橋としての意識の連続性と、似通ったエネルギーの共有体験を提供してくれました。
そして、
無の認識の先に「空(くう)」を見つけることになります。
それは、
同じ文字により示される「空(くう)」と「空(そら)」が、同じ波動ではないながら、似たようなエネルギーを持っているのかもしれない。
と、思考の展開が進みます。
ここまでプルダウンし掘り下げたあとで、
欲を捨てなさい。と、降りてきた啓示の本質、欲から解放される感覚を味わうことになります。
この変遷、僅か数秒。
指先を刺す凍える痛みも消滅していることに氣がつきます。