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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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必要ない波動を巻き込まず

水芭蕉・美しく煌びやかに photo 宮本章光

不要なエネルギーにフォーカスせず。
純粋で美しい波長を選択します。

ノイズと不協和音が溢れ返るこの地で、ピュアな波長は、はっきりと、そしてしっかりとその存在を伝えてきます。

必要のない波動を巻き込まず。
必要のない波長からは離れるのみ。




学んだもの・コトが活かされない世を終える

学びを活かすために photo 宮本章光

学びを活かす。
そのために生まれ変わり転生を繰り返す。
ここに違和感を払拭し切れませんでした。


体という衣をお借りしてこの地で学びを重ねる。
それを糧として、魂たるエネルギー体:わたしたち本来の存在は成長を求め昇り続ける。
ところが、
体をお返しした後、再度の転生では過去すべてを忘れ去り白紙からやり直すのだと。
この形を採っている限り、過去に学んだことが活かされないのではないのか。と常々感じていました。

分かったようなわからないような、その道の解説者の弁は、
「白紙からやり直すからより大きく成長が可能になる。」と。
「すべてゼロの状態から、より高く伸びようと努力するからだ。」と。
???説得力ゼロ...。こちらの理解力が無いから...???


こういった話を聞くたびに、それは逆ではないのかと感じたものです。
過去の学びが下地にあるからこそ、その過ちや失敗を繰り返さずに成長ができるはずだ、と。
まして、より高く伸びよう...などと考えて常日頃から努力している聖人君子な人間がどれだけ存在するでしょうか。

ようやく白日に晒され始めた、一般臣民の隷属化と支配者層の世界征服の目論見。
驚くべきことに、輪廻転生に関わる部分にまで介入し、成長が叶わないように仕組まれていたことが明らかになりつつあります。
(いえ、それとて、Matrixという錯覚/virtualの中の出来事に違いないはず。)
そのような、激しく抑圧され搾取され続ける状態で転生を繰り返してみても、成長どころか疲弊が極限にまで達し、もはやこの地で生きることを望まないのが正常な感覚でしょう。
実際、現世への転生を拒む魂が激増している状況だと語られているものさえ見ることができます。


どこかの大統領が世の中を変えてくれる。だとか、必ず救世主が現れ世の中を変えてくれる。などと。
(はい、それは現実になるに違いありません。聖書を読み解くまでもなく。人類の集合意識がそれを信用しきっている限りは、それが顕現化されてゆくという法則は否定できませんので。)
このように、
地球人類の大半は、まだまだ救世主待望論と他力本願なレベルを脱していないことが判ります。
まして、隷属化の道具にしか過ぎなかった貨幣経済から脱出する意識など皆目存在せず、大金を手に入れるまであと少し!幸せに・わくわく。などとやっている現状。
そんな道具は、とっとと卒業し、そうではない世を心の波動から創り上げることが求められているはずなのに。
そして、
わたしが綴るような論説は、精神世界に「傾注しすぎた」狂った思想に過ぎない、などと蔑んでいる姿は哀れにさえ見えます。


ここでようやく答えが導き出されたのではないでしょうか。

こういった他力本願な思想を「乗り越える」ところに回答があるのだと。
もはや語り尽くされた感がありますが、そこに到達しなければ答えが見出せなかったことを実感しています。
誰がなんと言おうとも、心に描き抱くもの、そのエネルギーが時差を持ってこの地・現世に物質化・顕現化すること。
誰一人残らず、自らそういった物理法則を体現しているにも関わらず、理解できるレベルにない魂には、それを感じ取ることはおろか、その原理原則を知ろうとさえしませんし、できません。

苦しみもがき、どうすることもできない極限状態になってこそ、道が切り拓かれること。
病床に臥し今日まで命を繋いだわたしが、ここで伝えることができるはずだと思っています。

極限に至って初めて、解決策が見出される。
それが究極の学びだったことを。
そして、
ここに至ってこそ初めて、この先に望む世を作り出すにはどうすればよいか。その答えを手に入れることになります。
想念・思念が、時差をもって顕現化することを。
だからこそ、何をすればよいのかを回答として得ることになります。

なるほど、生きているうちに頭を使いなさい。
と、祖母が語ったその真意が60年近くを経てようやく理解に及びます。




捨てるのではなく手放すの意

水滴が輝く photo 宮本章光

過去の過ちを捨て去るのではなく。
過去の失敗を忘れ去るのではなく。

それは貴重な体験、成長のための糧でした。
だからこそ、
その稀有な体験に感謝を申し伝え、そして手放します。


手放す。
その本意がようやく実感できる状態にまで漕ぎ着けたように感じます。
手放す。
その真意は、握りしめ「その周波数・その波動」にシンクロしたままの状態から、別の波長に移行すること。
チューニングしているチャネルを変更すること。
なぜなら、その波長にシンクロしたままである限り、その波長に合致した現実を永遠に創り続けるから。


わたしたちは、心に抱くエネルギーを顕現化させる媒体として存在していること。
その責任と役目を果たすための一世一代の大舞台で、いまスポットライトを浴びて立っています。
壊れた蓄音機や、溝を針とびさせたレコード盤のように(ある程度の世代以上の方々には伝わるものと思います)、いつまでも同じフレーズを繰り返し繰り返し再生している限り、その現実を創り続けます。

晴れ舞台にも関わらず、ステージ上で同じセリフをいつまでも繰り返し語っていては、オーディエンスは全員あきれて退席退館してしまうでしょう。

もう過去を見ない。
もう過ちを意識し続けない。
しかし、それは過去を捨て去るという意味ではなく、その周波数から離れる。ということ。
ここに「手放すの意」が示されていることに理解が到達したように思われます。




情報を追うのを止めれば必要な波動を受け取れる

清水門に臨む photo 宮本章光

情報を追いかけるのを止める。

そうすれば、
周囲あらゆるところにあるエネルギー存在を感じられるようになるはずです。


情報という名のノイズ。
SNSという名の心センサー破壊システム。

渡り歩いてしまうのです。自分がそうでした。
あるSNSが疎遠になれば、また別のSNSに入り浸る。
結局は、足を洗えないまま、ズルズルとその隷属化目的のために仕組まれたプラットフォームに触れ続ける。

ええ、過去にはこう言いました。
情報がなければこの世では生きて行けない、と。
情報は鮮度が命、と。

そうでしょうか。
それは果たして本当に必要で有用な情報でしょうか。


必要な情報は、必要なタイミングで受け取れるものだ、とされます。
必要なものが必要な瞬間に、必ず目の前に現れる、と。
但し、
受け取るためには「心」という大変デリケートなセンサーを磨きあげる必要があります。
「受容体:センサー」そのものを切り替える必要もあります。
ジャンクフードを口にし続け、この国の宝である言霊を台無しにする言葉を口にし続けている限り、その法則は成立しないことを忘れて(知ろうとしない)います。


切り替える。とは、
唯物主義・物質一辺倒だったまるで触覚のような「感覚」を、心で「感じる」もう一つのセンサーに軸足を移すこと。

生命・魂の存在として、ともに必要な「両輪」となる要素。
片側だけに偏らず、両輪のバランスをとってゆく。
それが自らの精神的成長を促すのだと知る必要がありましょう。

情報という名のノイズに触れ続ける限り、それは叶いません。
なぜなら、
人が作り上げたエネルギー=情報は、自らの波動と一致するはずがないからです。
その周波数に「合わせるための」思考のブレを自分から容認し、そのエネルギーを自分で保存している限りは、自らのセンサーが受け取るべきものを受け取る「場所」がなくなってしまうからです。
まるで、
ブラウザのキャッシュが満杯になり、表示が乱れるPCのように...。
RMAがいっぱいになり、フリーズしたPCのように...。


情報という名のノイズから離れると、あらゆるところに存在する、すべてのエネルギーにシンクロし受け取れるようになります。
情報を追いかけるのをやめれば、一氣にエネルギー波動を感じるようになります。





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