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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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イヤイヤ働く世から脱するためには

菜の花畑と響き合う photo 宮本章光

仕方ないから働くのですか。
カネのために...。
いやいや働くのでしょうか。
生活のために...。

ええ、だから結果が出ないのではありませんか。
いや、過去最高の利益を叩き出してるぞ、我が社は!
それに、こんなに充実した生活を楽しみ贅沢もできる裕福な存在だぞ、私は!
と胸を張る人たち、一握り。
あぁ、ここにも裸の王様。恥ずかしげもなく。


それ、大多数の一般臣民を騙し、仕組まれた貨幣経済の詐欺システムによって巻き上げただけでしょう。
もはや多くのひとたちが、この裏側に隠された隷属化の仕組みに氣がついています。
教育から始まって、宗教、医療、メディア、果ては食するものにまで...もういいでしょ。沢山です。
あなたが誇らしげに胸元に掲げるバッジは、そのグローバリスト企業の証。氣がつかないのはご自身のみ。
誰も口にしないだけ。

この国のひとたちは、声を荒げて叫びません。(だからデモだとか負の感情を煽る行為そのものがカネ目当てのサクラだから離れなさい、と言うのです。)
ですが、心に抱く感情=エネルギーは痛いほど伝わります。
それがこの国の人たちが持つ「能力」なのですから。


いま、持って生まれ、育ち、熟成した能力を活かすタイミングを迎えています。
いやいや働くのなら辞めてしまえばいい。
体を失う一歩手間まで突き詰めたからできたのだと思います。わたしの場合には。幸いでした。

けれど、レッドゾーンまで振り切ってしまわなければ氣がつかないのです。
そして、氣がつかないまま体を失った人たちも多数。
ええ、またやり直しです。
どうしてお借りしている体を大切にできなかったのですか?と、幽界に入ってから問われ、あなたはどう答えますか。
神々(というエネルギー存在)や高等・高次存在にまで響きわたるその場で、カネのためだった。と発言するのですか?
未熟さ、恥ずかしさという感情さえもなくしてしまったのですね。
魂存在としての威厳と尊厳はないのですか。

その時に氣がつくのです。
体を失ってから...。
そして、今度こそは!と転生を繰り返しながら、いつまでたっても永遠に学ぼうとせず成長できず。
数千回だとか数万回と、これを繰り返しているのだといいます。
で、いまここ。
もうこの地・この世は、この先には同じ学校としては存在しませんよ。と、ロードマップが示されて久しいわけです。


仕方ないやろ。生活のためやろ。
と、負のエネルギーをいつまでも焚き続ける。
いい加減にお止めになってはいかがですか。

自分の道は、自分の心で描きだすもの。
それを知るためにこの地に生まれ、この地で学ぶ教材。


教科書の最終ページには、こう記されているはずです。
裏側の仕組みを知り、それを多くの人に伝えなさい。そうすることで集合意識が目の前の風景を変えてゆきます。
こうした仕組みを学ぶために、ここにやってきたのですよ。と。
しかし、
「本当に学ぶべき肝心かなめのポイントは」教材には「決して書かれていない」のです。
これは、まだ道半ば。
むしろ、これは落とし穴であって、この記述に従う限りは永遠に卒業が叶わない。そんなワナ。
白紙で何も記されていない、この先にこそ重要ポイントが隠されています。


そのように負の波動に自らがシンクロしている限り、負のエネルギーしか生み出せないことを。
これこそが、教科書には決して書かれることがない、自分で超えるべき課題でしょう。

卒業証書をいただくためには、
自らが望む道を、自らの心によって描き出し、それが時差を伴って生み出せる。というその仕組みを知ること。
そして、それを実践すること。
さらには、そのために存在する多くの生命と、その仕組みでありそこに力を生じる「神」の本質を知ること。
併せて、すべてに感謝を捧げるべく、自らの心の波動を高め維持しなさい。と。

うわべだけ、感謝感謝。
表向きだけ、わくわく。
そんなニセモノの波動は「天からはすべてお見通し」なわけで、化けの皮は一瞬で剥がれ落ち見破られます。
ええ、留年確定でしょう。他星系の教室でもう一度幼児クラスから・一年生からどうぞ。です。


イヤイヤ働く世を変えるのは、すでに数百件もの改革を実現した某大統領ではありません。
自分で作る。自分で創り上げるのです。
その意味。その本質。
ようやく理解できた人が増えてきた感覚があります。
恥ずかしい人たちには、もう触れる必要がありません。離れる一択のみ。時間の無駄。
このお借りした体を使わせていただける時間には限りがあります。
違う道を歩む意志表示をしている人に合わせる必要などまったくありません。会話そのものが無用。

新たな世をともに描き出してゆきましょう。ともに歩みたく思います。
ありがとうございます。





なぜ・どうして?その答えは

輝きをもって photo 宮本章光

いつまでも寒いね〜。
あるいは、夏にはめちゃくちゃ暑いね〜。ですか。
大声で話す。
必要以上の大声を周囲に撒き散らす。迷惑千万。恥ずかしい自己顕示欲。

それは挨拶ことばだから。ですか。
でも、仕組みを理解したならば、そんな挨拶はしないでしょう。

言葉とは言霊としてのエネルギー存在そのものです。
自分の発するエネルギーが、この地に顕現化・具現化してゆきます。


いつまでも寒い寒いと語るご自分が、さらにもっと、いつまでも寒くし続けているのではありませんか。
どうしてこんな世の中なのか。
なぜこんな狂った世なのか。
それは、
自分が騙され続け、そして、いつまでもそこ(その周波数)にフォーカスし続ける自分が具現化しているだけ。

これが大いなる仕組み。
それを学ぶ場所。
学びのためには、玉石混交の環境でホンモノを見極める必要があるから。
ホンモノを見極められないのは、自らの精神的スキル不足。それが身魂相応とされます。

学び終えたら、その教材から離れます。
終えていない人たちは、肉体の死後、再度の教育を受ける他星系へ転送されるだけ、と語り尽くされてきたのです。

やかましいだけのオレがオレが...みてみて私よいこでしょ...な人、もう要りません。
これまでのご縁に感謝を捧げ。
さようなら。


この先に共存できる仲間とともに。
これから共創できる生命存在とともに。





滲み出る溢れ出す

Iitate2020_img_0274P.webp

顔に出る。
容姿に現れる。

滲み出る、
そして溢れ出す。


生命が持つ波動は、顔と容姿に表出してゆきます。
ただし、
それは過去に維持し続けた波動の過去因果、結晶物。

この先に目指す「顔と容姿」は、
いま、ここで何を思い描き、何にフォーカスしているのかにより大きく変化します。
その結果が、時差を経てこの地この世に顕現化してゆきます。

タイムラグを知り、タイムラグを活用し、なりたい姿、望ましい道を創り上げる。
ある意味においては、
負の方向に振れたネガ波動が瞬時に具現化しないよう、タイムラグによって「守られながら」負の波動を生み出し、負の結果を体験できる、とも。

表裏二面性と二極化の地。
貴重な体験ができる学びの地。
よって、両極の存在を認識し、負の力とその体感を得たなら、それでこの地の教材は卒業。
この先に、負の周波数を生み出し続ける愚を重ねず。
この先には、何に焦点を合わせ、どのような波動を維持するかにより、自分の道を自分で創り上げてゆきます。
当然、負の周波数に触れ・生み出し学んだこと・モノは、捨て去るのではなくその「味」を体験、心の糧としてゆきます。
これが学びだと。

滲み出る感性。
溢れ出す感謝の心を。
それは、ポジ・ネガともに。善と悪ともに。
それが大いなる仕組み。
その仕組みと作用する力こそが神であると。
この国の先人が遺した偉大な財産、言霊・心に感謝。




欠陥を体験するこの地だからこそ

春の訪れ photo 宮本章光

完全無欠。
本来わたしたちは完璧でした。
そう語る人たちが増えています。

ようやく氣がついたのだと思います。
けれども、欠陥や至らなさを体験するための地で学んでいるのですから、完全無欠だ・満ち足りている。と、目の前にある事象を含め自分の意識そのものを「偽って・見て見ぬふり」をする「ごっこ遊び」に興じるのは違和感が大きいように感じます。

間違いはないでしょう。
すべては溢れるほど与えられ、満ち足りています。
ところが、洗脳され隷属化され麻痺してしまっていた感覚を取り戻すとともに、自らの本来のポテンシャルに氣がつけば、それでこの地のゲームは終わり。
ここに異論はありません。


では、ゲームオーバーは誰が宣言するのでしょう。
ここが抜け落ちていないでしょうか。
誰かがやってくれる。救世主が現れる。わくわく待ちましょう。
それ自体にも異論はありません。

わたしたちの集合意識がそのように切望すればこそ、それが現実になるに違いありません。
わたしたち自身がそのタイムラインを創り出し、キリストの再臨と第一の復活が現実になるに違いありません。
世界中の人間がそのように意識をキープしている限りは、Bibleを読み解くまでもなく、それが顕現化するだろうこと、容易に想像できます。
心に抱きつづけるエネルギーが時差を経て現実となる仕組みは揺るぎないのですから。
きっと現実になるでしょう。正しいに違いありません。


でも、もう味わい尽くしましたでしょうか。
もう体験し学び尽くしましたでしょうか。
実力テストで満点が取れるだけの力(=精神性の向上と魂レベルの成熟)が身につきましたでしょうか。

ここで胸を張って自分は学び終えた!と宣言できるでしょうか。
大切なポイントは、ここに隠れているように思えるのです。
少しでも「足りなかった部分」「学びが足りない部分」が、きっと残っているはずなのです。

世界規模の法が施行されるはずだ!大金が手に入る!わくわく!
って、それ、隷属化のために仕組まれてきた貨幣経済の枠組みに縛られたままでしょう?
ええ、もちろんそれは望むところです。否定しているものではありません。

けれど、もっと先を見据えて描き出さなければ、この強烈に固着したタイムラインを脱することは難しいのではありませんか。
もっと崇高で、多くの存在と共存できる世へと願う。
でも一歩づつ着実に。浮き足立たずに。ですか?はい、理解できています。
でも目標とゴール地点は、一歩づつでは足りないのです。いつまでも到達できないでしょう。


年間予算を策定したご経験がありますでしょう?営業職をいくつも経験した方ならお分かりのはず。
取り組むべき・策定すべき予算や目標値は、ちょっと赤子の手を捻る程度で手が届く範囲ではダメでした。
同じだと思うのです。

もっと大きくもっと壮大なスケールで、この地を卒業する。
そして、そこで初めて本来の能力を取り戻し生来の地(星)へ帰還する。
しかし、それとて、その「次」には、再び大きなミッションが控えていることでしょう。魂の学びと成長は永遠に続きます。

ですから。
欠陥を「片手に並走させながら・体験しながら(=この地はそういう場所)」、もう氣づいたよ、満点が取れるだけ学んだよ。と高らかに宣言する。
そういった両刀使いができてこそ、本当に卒業が叶うはずだと感じるのです。
まさに、これが「ゲームオーバー」を自ら宣言することではないかと思っています。





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