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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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教育という悪しき洗脳から脱出する

見事に花開く photo 宮本章光

準備はできていますか?
用意はいいですか?

すべての物ごとが、180度ひっくり返ります。
正しいとされたことが「誤り」で、間違いとされたことが「真実」であったと、そのようにパラダイムシフトが起きようとしています。

本当に大丈夫ですか?
教育という名の強烈な洗脳に染まった思考は、なかなかその固着した汚れを洗い流そうとしません。
いえ、それが「正しい」と、潜在意識レベルに刷り込まれているため、おいそれとは手放せないのです。

着眼点はたった一つだけ。
「順序」を真逆にする。正反対から思考する。
それだけ。
極めて難しい洗脳からの離脱・脱出は、この思考の順序を逆にするだけで、ものの見事に動き始めます。
もちろんいきなり逆転することはありませんが、歯車は一度停止し、ゆっくりと逆に周り始めます。


この場では、そしてわたしとこのwebを通してご縁を繋いでいただいている方々には、もう聞き飽きた言葉でしょう。
「心に描くもの・コトがこの地に顕現化する」
「心に抱き意識することで、見えないフィールドにエネルギーが発生し、それがタイムラグを経て具現化する」
この極めて重要な順序を。


過去記事に、何度も何度も綴りました。
「まだまだです。わたしなんて...。」
「いえいえ、まだまだですから...。」
「わたしは、まだまだそのレベルにありませんから...。」
一見、謙遜した素晴らしい発言のように聞こえます。
お淑やかに徳を積んだ人の話すことばは、こうでなければ。などと。

これが諸悪の根源であることに氣がついていません。
氣がついていれば、そんな言葉は口には出てきません。決して自分から口にすることはありません。
そんな発言が美徳だと強烈に刷り込まれた悪しき教育の結果です。まだ拭いきれていません。


まだまだです。と言い続ける限り、まだまだな現実が永遠に続きます。
それは、自分自身がそのように創り出しているから。

口にする言葉は、この先の世を劇的に変えるための「極めて重要な二つの要素のうちの一つ」です。
美徳だと思って(教育洗脳の最たるもの)負の方向に力をかけてしまっていることが理解できますでしょうか。

---まだまだです...。
---いえいえ、わたしなど...。
---自分ができているとは言えませんが...。

その言葉、ひとつ一つが「まだまだ」であり「わたしなど」であって、「自分にはできていない」現実を創り出します。
言霊。
ことだまとは、エネルギーそのものです。
まだまだ...と言えば、そのエネルギーを自分自身が創り出します。
そのエネルギーが時差を経て、この世・この物質次元に「まだまだ」な現実として顕現化するのです。

わたしの父は、若い頃によくこのように話しました。
「歳をとれば頭が満足に動かなくなって寝たきりになるかもしれん。」と。
実際、その通りになってしまいこの世を卒業してゆきました。自分で自分の現実を作った実例です。


腰を抜かし立ち上がれないほどのショックは、こうした「思考-->顕現化」という順序そのものにあるのだと。
これまでの順序は正反対だったのです。隷属化の世にするために。
ですから準備はいいですか。と激しく繰り返して綴るのです。

デモでもして行動せん限り悪事をはたらく人間はなくならなんやろ。
そうでしょうか。
そう断定しているご自身が、その現実を作っているだけでしょう。
じゃ、キミは何もせずに世の中をよくできるんか?
と仰る。

何もしていないのではなくて、そうした負のエネルギーを生み出さず、正反対の望ましいエネルギーを生み出せば、その通りの現実がやってきます。時差を経て、です。
ここを、精神レベルでも肉体レベルでも、本当に理解し実践しなければ現実という名のマトリックスは変わりようがありません。


世界が大転換するぞ・来るくる詐欺で踊り続ける人たちも成長しない限り、いつまで経っても目の前はこのままです。
アメリカの軍事情報だ何だ、と追いかけている限り、決してそれ以上の成長は望めません。
その閾値(しきい値)が、この地の波動を変えるレベルにまで上昇しない限りはいつまでも。
すでに、彼らの生命存在としての「波動:周波数」は、地球そのものの上昇に「ついて行けなくなった」ことがよくわかります。

かつてのオールドメディアに、オールドインフルエンサーがどんどん活動を止め、表舞台から消えてゆきます。
体調不良のためといいます。が、実際は「ご自身の波動」が、地球規模の上昇スピードに追いつかず、振り落とされたということでしょう。次々と、これでもか。と。

さらにもっと強烈な上昇氣流となるエネルギーの変化があれば、今度は肉体を失います。
過去から語られてきた「ソーラーフラッシュで焼け死ぬ」というのは、まさにこの部分であったことに氣づきます。
火がついて焼けるのではなくて、精神的周波数の上昇・成長という地球・宇宙規模の波動上昇に、オールドインフルエンサーはついてゆけない。そのことが語られていたことに。

ええ、当然、わたしはまだまだです。と自ら謙遜する人たちも同じ。
まだまだな現実を自分で創造しているわけで、よってこの上昇氣流に乗りたくない、と自分から宣言していることになります。


美徳だ、などと骨の髄までその悪しき教育洗脳が染み込んでいるのですから、自ら掃除選択するのは、うわべだけの手放しや断捨離では間に合いません。
じゃ、君はできているんか!というのも同じ。
もう学び終えたものはしっかり身につけました。と宣言してみせることです。
できていない部分はこれから鋭意取り組みます。で良いのだと。
そう宣言することで、過去の学習済みレベルまでスポイルすることはなくなります。

この国が戦後行ってきた「最低レベルに合わせる教育」を、心底から捨て去らない限り、いつまで経っても世の中は変わりません。
消えてゆくオールドインフルエンサーを追いかける限り、自分の道も変化しません。


【参考記事:アーカイブ】
まず意識が「先」にありき[2024/04/30記事]
「科学という名の宗教」から脱出する」[2024/01/25記事]
「初心者」ずっと続けます?[2023/07/11記事]
自分で望む風景・世界を創り上げる[2023/02/08記事]





和する心

大柄な葉牡丹から受け取る印象 Photo 宮本章光

葉牡丹、この種はかなり大柄で、初見では多少なりとも引いてしまう感覚を受けました。
(個人的感覚)
これこそが、周波数の違いだと理解できます。
この存在が放つ波長と、この瞬間のわたし自身の波長は異なっているのだと。

当然、生命として別々の存在であるので、同じ周波数ではなくて当たり前ですが、何か響くものがあればそれは、まるで「和音:ハーモニー」のように共鳴します。
歌って「ハモる」感覚と言えば理解が早いでしょうか。
ハモるためには、ハモる理由があり、それが生命存在として共に共有できる要素があるとの前提ですが。

ですので、何でもかんでも、周波数が違う・波長が異なる。と、完全に同じ「音:波長」ではないものを拒否し続けると、純な同一周波数の音だけしか響かなくなります。
まさにモノトーンオンリー、ピュアトーンのみが鳴っている感覚です。

webにもありますでしょう。
特定のヒーリングなどを目的としたモノトーンが数十分だとか数時間だとか流れ続けるサイト。
その特定の目的においては有効なのだと思います。しかし一つの音だけが延々数時間鳴り続けると、逆に耐え難いはずです。


いま、学ぶべき課題がここにあることに氣がつきます。
精神世界の重要性が説かれ、認識と理解が飛躍的に拡大している様子が見て取れます。
ところが、
心静かに望ましい道を創造しているはずの人たちが「完全に同一の周波数」だけしか選択しない。そうした遠回りをしている様子が見えます。

モノトーン以外をすべて拒否してしまう。それはハモることさえも否定してしまうのかもしれません。
完全同一周波数以外を拒否すれば、まったく同じ・完全に同じ波動存在以外は存在できなくなります。
まさにモノトーンだけ。
この完全同一のひとつだけの音ではハーモニーが生み出せないのです。
=新しい価値・新たな成長や進化が期待できないのだと。


ブレない自分軸。
ジャッジしない生き方。
他人は他人、自分は自分。

至極当然でまっとうな言葉の数々です。間違いはどこにもありません。わたし自身も異なる波長は根こそぎ拒否するケースは多々あります。
けれども、
違する波長を「一旦受け止めてみて=味見して」どのような感覚であるかを確かめるチャレンジをしてみる。
これは大きな価値・意味があるかもしれません。
受け止めた時点で「ハモる=新しい価値・新たな成長や進化が実現する」かもしれないからです。


これを、この国の言霊に置き換えてみます。
「和」ではないだろうかと感じます。
「和する心」。

完全同一ではない周波数を一度手に取ってみる。
そして、それが「ハモる」なら、その瞬間にこれまでにまったく存在していなかった「新しい響き」が生み出されるのです。
この国に当たり前のように存在し、当たり前すぎて見過ごしてしまう「和」の本質がここにあります。

大柄すぎて「違和感」が強烈だった第一印象。
けれど、その存在が放つエネルギーを一度受け止めてみることで、新しい展開が創出される事例。
この一枚に内包されていることが伝わるはずです。

和する心。
この国の言霊には無駄は一切存在せず、類い稀な貴重な宝であることを再認識する瞬間です。





どこか誰かの役に立つはずと信じて

曲線と引力のコラボレーション photo 宮本章光

この体をお借りし、この地・この世で経験できる時間。
それは限られていることに異論はないでしょう。

魂は永遠だ。
と、これも間違いはないでしょう。


そうした論議、検証・ファクトチェックや情報検索に費やす時間は無尽蔵に与えられているわけではないのです。
まして、悪よ滅べ!行動せねば世の中変わらん!このままぼーっと過ごしていればヤられるだけだ!
行動とは動くことよ。
などと、暴れ回っても良くなるどころか、火に油を注ぐだけです。

彼らは一人残らず口を揃えてこう言います。
「何もしなければ世の中は変えられない。」
「悪事を根絶するために行動するんだ。」
「あなたはこのままの世でいいのか!」と。

行動?ですか?
行動って何でしょうか。

叫び続けること?
デモに参加すること?
選挙に行って投票すること?
その行動とされるアクションが「この地に何を生み出す」のでしょうか。
あなた自身が、負のスパイラルをさらにさらに強固に増強し、いつまでもそのエネルギーを生み続けます。
そこから永久に逃れられないのは自らの選択です。


心に描き出すこと。
心から望ましい波長のエネルギーを生み出すこと。
これこそが世の中や現実という名の「目の前の風景」を変える根源となることを学ばない限り、永遠に幼児教育レベル以下の教育プログラムを学び続けます。
50億年間サイクルの「岩石・石ころ」存在からのやり直しを、呆れるほどにさらに複数回繰り返します。
100億年、1,000億年...果てしなく。

なるほど、だからここにもあそこにも、石ころが数多く転がっているのでしょう。
動物に踏んでもらってください。糞尿をかけてもらってください。
そうして初めて、自分が石だったことに氣がつくのですから。そのレベルからのやり直し。


最近はあまり語られなくなった言葉ですが、100万人に一人と言われるプラチナチケットを手に入れ、「人間として」この世での体験をさせていただける立場にまで至ったのです。
それを無駄に過ごす時間など一切与えられていません。

この稀有な機会を台無しにして、負のエネルギーを生み続ける愚を重ねる因果。
膨大なレベルにまで積み重ねられた負のポイントを、どうやって解消してゆきますか?
すべてを因果の法則によって自ら生み出し、また、すべてが因果の仕組みによってもたらされていること。

であるならば、
いま、この時この瞬間を、望ましく暖かく心地よい波動で満たすことが不可欠だと結論が得られるはずなのです。
世間知らずな、おこちゃまは放っておけば良い。
人のことなど拘らず、放置しておけば良い。
けれど、それもわたしの因果となり蓄積されてゆきます。
人のことは関係ない。その通り。
ですが、
助けられるはずの人を助けなかったのなら、それはわたしの因果。


毎日同じことばかり書いてら、宮本は。そう思われていることでしょう。
リアルな接点のある人たちの中で、石ころコースを選択した方々は、もう無理だと判断したので離れました。
けれど、
webは、不特定多数の人たち、そして覚醒レベル/フェーズも千差万別ゆえ、思いも寄らないところで想像を超えた接点があります。
もしかすると、この一文字一文字が役に立つかもしれない。
そう感じ、今日も今日とて同じことを書き連ねます。
実際、5年前(2020年:現在2025年4月)の記事に、驚くほどアクセスされていることを知るにつけ。
【参考 過去アーカイブ:年月別】
https://and-em.com/blog/index.php?mode=past


体をお借りして経験できる時間は限られています。しかも、もう残りはカウントダウンレベルが近い状況。
だからこそ、取るに足りない情報で心をやられてしまう、だとか、くだらないエネルギーにフォーカスするなど、絶対に避けたいわけであり、それならば、まだここに一文字一文字を重ね、美しい生命存在の姿を残してゆくほうが役目を果たせるはずだと信じて。





礼を失すれば自らに舞い戻る

礼を失することなく photo 宮本章光

礼には礼をもって返すことにより、この地この世はうまく回っていく。
そういう仕組みゆえ。

--嫌なことはしなくてよい。
--嫌いな人と付き合う必要はない。
この教えは、自らの意志を明確にすることにより、ブレず・負のノイズに影響を受けず、この先に広がる世を歩むための導きとして語られています。当然その言葉に誤りなどありません。

しかしながら、秩序や礼節といった、心地よく人との接点を醸成してゆくためには、三次元的「取説」は必要かと思われます。
何より、物質次元に肉体をお借りし、その環境その二元性の地で学ぶためにここに存在しているわけですから。

このバランス感覚こそ、学ぶべき最重要、且つ最後の教材ではないのかと感じます。
特定界隈では、バランスなど不要、やりたいことだけやればいい。そんなビジネスが蔓延っている様子が見えますが、それも取り違え勘違いした人の弁に過ぎないことが判ります。

守るべきことは守り、その枠の中で自分らしさを伸ばせばよいのであって、無秩序に好き勝手をするとは、あまりにも幼稚な発想に過ぎず、目指すべき「精神性の拡大」と「魂レベルの向上」という目的とは正反対であることに氣がついてないように見えます。
メッキは瞬間に剥がれ落ち、仮面の中の素顔が一瞬で見破られる時代に入りました。

礼には礼をもって返す。
礼を失すれば自らに舞い戻る。
それこそが、因果応報の大いなる仕組み。

放ったエネルギーは、その性質のまま自らに舞い戻ります。





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