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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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さまざまな経験を積み学び終えたなら

経験と学びと photo 宮本章光

自ら望んでこの地を体験しているわたしたち。
100万人(魂)に一人とも言われる難関を突破し、しかも最高難易度とされる日本人として学びを重ねます。

大前提として、
繰り返す転生ごとに、自分が誰でありこれまでに何をしてきたか、すべての記憶は消滅し白紙からスタートすること。
それを毎回繰り返すこと。何百回も何千回も。
これらすべてを自分自身で納得の上で、この地で「生かせていただいている」のさえも忘れ去る。
まして、
どの「親」の元で、どのように育つのかさえ、自分で選択し設定したのだと語られています。
親は選べない、のではなく、自分で選んだのです。その体験をするために。


いつまでもゲームばかりせず、そろそろ卒業試験を受けてみてはいかが?と、囁く声が聞こえるはずです。

目の前に次から次へと現れる「ノイズという名」のゲームソフト。エンタメ、VRゲームセンター。
さぞ楽しいのでしょう。いつまでもプレイし続けています。
その苦しみや痛み・怒りといった負の力は、なんとも言い難い禁断の香を誘発するのでしょう。

--傷を故意に・無理に傷め、言葉にできない甘美な痛みの感覚を味わう。
--わざと体を傷めつけ、その痛みに酔うアブノーマルを極める悪趣味。
但し、
痛めつけた因果は、別の機会、あるいは次の転生以降に別の形で自分に還ります。
お借りしたものは、元の状態に戻してお返しするのが約束・決まりごとです。
そしてようやく、
それらのすべてが体験として必要であったことを知ることになります。
得たものを糧としたのなら、次のステップへ移行する意思表示をしてください。


さまざまな経験を積むためにやってきたテーマパーク。
閉園時間を告げる放送が鳴り響いているのに、飲めや歌えや、踊り続けるのはいい加減恥ずかしい行為だと知りたいもの。
まして、すべてのアトラクションを体験し終えたのです。
善良な一来園者だった者は、この瞬間に突如として規則破りの迷惑存在に成り下ります。

善の仮面を被った悪。とはまさにこの状態ではないかなと感じます。
迷惑行為が過ぎると、所轄当局に引き渡されるだけのことでしょう。

なるほど、その判断の線引きができないのは精神性が未熟だから。と納得が行きます。
「おこちゃま」は、然るべき星へ転送。再教育決定です。それが本人の意思表示ゆえ。
他方、
それを横目で眺める「おとな」は、人のふり見て我がふり直せ、と、心を引き締めて。
この先に必要な、暖かく心地よい、そしてすべての存在と共鳴・シンクロできる居心地のよい周波数を生み出してゆきたい、と心をあらたにするのです。




選択の意味を間違えない

透き通る photo 宮本章光

選択。
その言葉、聞き飽きましたでしょうか。

そこに何かが元から存在し、どれか一つを選ぶ。
そんなイメージだとすると、旧いレイヤーの上で燻っているだけかもしれません。


あくまでも私見とお断りした上で続けます。
選択の前には「何も存在していない」。
では、
何もないのにどうやって選ぶんだ?となるでしょう。

選ぶものを自分で創り出す。
これが答えでしょうか。
で、
何も「無い」状態が、身の回りを見渡しても、こころの中も頭の中も、どこにも「無い」のです。


溢れまくっています。まったく必要ないノイズが。
現在もこの先にも一切必要のないもの、それがノイズではないかと。
ですので、結論から言えば「多くのノイズの中から別のノイズ」を選ばされる。
いえ、自分の意思で選んでしまうのです。これが現状かと。

言い換えれば、ノイズ「ではないもの」を選べないようになってしまっている。
そして、それがノイズであることも認識できないほどに「感覚:センサー」を麻痺させられてきた歴史。
もういいでしょう。

昨日の記事のように、もういい、だとか言うのはダメな発想だ。もっと苦しんで学べ!それが精神的に成長するためのプロセスだ!などと仰るのはその道のビジネス。完全スルーするだけです。

そうやって、いつまでも奇妙な宗教に足を掬われてしまうのです。
学び終えたものは、もういい。
中学校に行くのに、小学校の掛け算や割り算の教科書をやり直す必要はありません。
ええ、もう一度やりたいのならそれはご自身の自由です。でもそれは自己顕示欲でしょ。俺はスゲーぞ。何でも知ってるんだぜ。これをやりたいだけ。


脱線しまくるので戻します。

何もないところ。これをまず作る必要があります。ノイズのない土台を、です。
だからオールドメディアから離れましたでしょう。だからオールドインフルエンサーから離れたはずです。
そして静かに穏やかに空間を感じる間を持つように努力してきたはず。

ここに来てようやく望ましいもの=ノイズではないものが初めて生み出せるようになります。
描きます。そして抱きます。
この先の風景を、です。

その中に「選択肢」があることに、ここでやっと氣づきます。
その選択肢の中から、より望ましいもの・コトを選んでゆきます。
これが本来の選択。

自ら生み出すものの中から、より望ましいものを選ぶ。
それが選択。
そして、さらに望ましいものを描き続け、抱き続け、生み出し続け、その度に選択を繰り返す。
これが成長の原動力。


記事の総括段階に及んでぶち壊す意図はありませんが、
ゴミとして捨てたものの中から、どれが必要かな...などと再び選びなおすのは選択ではありません。
不要なものは不要。それがノイズ。一旦捨てたのでしょ?
ノイズの中からノイズを選んでも、ゴミ漁りをしているだけだと氣づくことが必要でしょう。
(ここで言うゴミとは、隠されてきた悪事や黒幕歴史を知れと、いつまでもその手放すべきエネルギーを焚き続ける行為を指します。)


選択は、望ましいもの・望ましいエネルギーの中から選ぶ。
もちろん目の前にはノイズしか見えないので、前段階・前処理段階でノイズをゴミ箱に放り込むことは必要です。
そのあと。そこからが本番。

ゴミ漁りをすることは選択ではないのだと。
選択の意味を間違えない。
いつまで、知れよ!目覚めよ!と叫び続けますか?
いつまで、悪よ滅べ”と罵りますか?
いつまで、ノイズの中で踊り騒ぎ続けますか?




氣づけよ!と叫び続ける人の本心と氣づかない愚

静かに美しく photo 宮本章光

氣づけよ!知れよ!この隠された悪事を。
などと、叫ぶ人が一向に減らないように感じています。

ええ、わたし自身も通ってきました。やってきました。
でも、それをやっている限り自分がそのエネルギーを増幅し続けることを知りました。

目覚めよ日本人!と叫ぶ。
その実、実際はどうなのでしょうか?
その人が叫ぶほどこの国の人は眠り続けていないように思われます。もう肌で感じます。すでに多くの人が目を覚ましているはず。

それが証拠に、この国においては甚大な災害は発生しない段階へ移行したことを感じます。
ネガな話題を追いかける人ばかりではないことも、webの「チャネル」を変更すれば、もっともっとポジティブでこころ温まる波動を維持している人たちが数多く存在していることが理解できます。


結局のところ、
そうやって「日本人よ目覚めよ」と叫ぶ人自身が、眠り続ける日本人を創り上げているんだと判ります。
なるほど、善の仮面を被った悪、とは、その当人が氣がつかない状態で負の波動を強烈に作り続ける「悪」に落ちぶれていることを。

--自分はいいことをやっている。
--自分がやらねば誰もやらない。
--自分がやるからこの国はよくなる。
詰まるところ、
そういった大義名分を掲げて「自己顕示欲」を満たし「自己承認欲求」を放ち続けている存在に成り下がっていると。

なるほど、難しい試験がいつまでも続きます。
さすがに、氣がつかない人が多いのも理解できます。


このところ再び「仕込み」が強くさらに巧妙になってきたように見えます。
「もうこんな世はいらない。もういい、たくさんだ!」
と、考えるのはまだまだ幼い証ですよ。そんなことではこの次元は超えられませんよ。と教える。そんな界隈のビジネスが変わらず盛んな様子です。

わたしはそうは思いません。
もういい、もうたくさんだ。と思うのは自由意思そのものであり、それを偽って「いえ、まだまだです。もっともっと苦しんで成長します。そうしなければなりません。教祖さまありがとう。」
ってな、これ完全に宗教です。

もういいんです。旧い体験は学び終えました。
だから、次に行きます。
ここが大切、ここが抜け落ちているのです。いつもいつも同じです。次がありません。
だから、いつまでも奇妙な宗教のような洗脳エネルギーに引っかかるのではないでしょうか。

薬害も、もういい。
大変申し訳ないのですが、精神性が未熟だったことと当人に必要な学びだったからその過ちをしてしまったのです。だから極めて大切な借り物の体さえも失ってしまったのでしょう。それが学びだったのでしょう。そして次の段階で賢くなるためだったのです。
当然、この地この世においての法を蔑ろにするのではなく、然るべき裁きを受ける必要はあります。ここを否定しているのではありません。
しかし、そのための「悪」の役目は、この学びのために必要な役割を表現してくれたことに感謝こそすれ、滅べ!このヤロー!と吊し上げる対象ではないことを知るフェーズに入っています。

いつまでも奇妙な宗教に浸っている場合ではありません。
苦しむのはもういいんです。
だから、
次には何を思い描きますか。です。

心地よく、穏やかで暖かく触れ合う波動を維持すれば、そうした世が顕現化します。
こころに描くものが、時差を経てこの世に具現化する仕組みを、実際に体現してください。実際に実現してください。
それが、この段階まで生きながらえさせていただいた者が果たす責任ではないでしょうか。

望まないエネルギーを焚き続ける愚を繰り返しませんように。





世の中を変えるためにとても大切なこと

街角で出会う花壇に photo 宮本章光

どうやらフェーズが切り替わりました。そのように感じます。

望ましい方向へ向かっているのか、そうでないのか。
それは「自分が決める」こと。
その意味が本当に理解できているのかどうか。この本質が試される段階へと移行したようです。


標題負けしそうであり、激しく長文になる予感がするので触りだけにとどめます。
また、標題に掲げました世の中を変える、の文言は、目の前にあるものを変えるという意味ではないことは既習事項として了解の上です。

もはや語り尽くされてきました。
思い描くエネルギーが時差をもってこの世に顕現化する。そしてすべては因果による結果であると。
もう分かり切ってるぞ、と返ってきそうですが。


わたし自身の体験の一つを例示しながら書いてみます。
私立中学校へ進学した時点で、それまでの人の接点とはまったく異なる世界に入りました。友達も完全に見ず知らずのひとたちばかり。環境から何から、すべてが完全に違う世界だと感じたのでした。

この時の肌感覚を50年ぶりに思い出しています。
あまりの違いの大きさに、あぁ、この道は間違った選択をしたかもしれない、と初めは感じたものでした。しかし程なく、その世界に馴染めるようになったこと、過去にも幾度となく綴りました。
同時に、まさに世界線を乗り換えるとはこういうことなんだな、と13歳なりに漠然と感じたのでした。


現実を変えるのは「心に感じる感覚」によって齎されるのだということ。
仮に、それほどまでに大きな環境の変化でありながら、別にたいしたことじゃない。と受け取る人たちもあったでしょう。友達がすべて入れ替わり、長い時間をかけての電車通学など環境が変化したとしても。
そういった人たちにとっては、それは世界線が変わったなどとは思わないとともに、いつもの生活のバリエーションに過ぎなかったことでしょう。


ここが重要ポイントかと。
少々難しいと思われます。上記のようなご自身にとっての何か大きな環境変化体験があったならば、それを思い出してみてください。
その感触を、現時点・現在地点の出来事に重ね合わせてみます。

---他国の大統領が世の中を変えてくれる。
---世界規模の法律が施行され隷属化の世から開放される。と。
あるいは、
---聖書に記された通りに再臨が起きる。
---携挙で選別される・患難期に入る。と。
ええ、おそらくそうなることでしょう。わたしたちの集合意識・無意識が「それを現実として作り上げる」からです。

でも、
それを待っている、あるいはその印象の延長線上にイメージを置いている限りは、そのレイヤーからは脱することができません。
友達も全員まったく知らない人ばかりだし、電車通学なんて経験したことないし。これ本当に大丈夫なのか。
と思っていたならば、その現実をいつまでも作り続けていたはずです。
しかし、
見たこともないようなAV(AudioVisualのこと)機器を備えたスゴイ部屋や、教室ごとにすべてVTRが備えられていたり巨大な望遠鏡を収めたドームも屋上にある。
それに、稀少生物の標本や膨大な蔵書数がひと目でわかる見たこともない図書館もある。
これ、すごいぞ!と、心が切り替わった瞬間に「見る風景」がガラリと変わったのです。13歳ながら。今から50年前のことです。
そして、わたしの第一の黄金時代10年間のスタート地点となったのでした。


結論を急ぎます。
現在見えている世界の「延長線上」に自分の世界を描いている限り、この世界線から抜けられません。

これまで騙され搾取された大金が取り戻せたとして、それをどう使いますか?
パチンコや賭博でスったり、またまた詐欺師に引っかかるのがオチでしょう。まさに国が言うから間違いない!などと投資に突っ込み大火傷した人たちが多数となった現状を見ても分かります。毒を自分の体に打ち込むのもしかり。
精神性が「追いついていない」からです。

幸せとは、貨幣資産を溢れるほどに築いて、好きなものを買ってリゾートアイランドで過ごすことだ。などと妄想している限りは、同じくその世界線から脱することを望んで「いない」意志表示そのものです。


では、どうすれば脱することができるのか。

わたしにとっての世界線の変更は、
すべての生命すべての存在と望ましく心地よい波動を共有し生きてゆくこと、です。
自分ができることを提供し人に喜んでいただくこと、です。(現在その下地作りを積み重ねています)
これは、
一人ひとり異なるので、何が正解とは言えません。

ただ、上記のように「現在の世の延長線上」にそれを描いている人たちはそれがご自身の望みなのですから、この先に世界線の変更はないということ。
どれだけわくわくしようと、どれほど引き寄せを強く念じようと、この世界の範囲内で描く限り、この世界から脱出できないわけです。
いいですか。ここ極めて重要。テストに出るよ!と100回語ってもまだ足りません。
然るに、肉体の死後は他星へ転送され、再度の体験とともに学び直しだと伝えられている通りです。


さらに結論へつなぎます。
世の中を変える。とは、目に見える物質物理実体を使い、デモしたり叫んだり、肉体を酷使するのが美徳だと走り回って仕事することではありません。しかもとても大切な借り物です。
心から生み出すとは、わくわくして大金が手に入るのを待つことでもありません。
ここ、極めて難しいように感じます。

まったく異なる世を望めばこそ、その巨大なエネルギーが顕現化の原動力となります。
繰り返しになりますが、
そこまでの変化を望まないのなら、それはご自身の意識・精神性の成熟が「現在の世の範囲内」でしか拡大できておらず頭打ちになっている証でもありましょう。
この先も、この世の「ちょっとだけ上位版で実質変わらない世界」を望んでいる意志表示かと。


お金の不要な世。そして病氣にならない世。
心地よく穏やかな心持ちで過ごす世。

それは、
ガラリと変わったわたしの中学生のスタート地点と同じように、ガラリと意識を大きく拡大する必要があります。極端に。
そうしなければ、周波数は変更されません。
まったく異なる世を望まない限りは、そのエネルギー周波数が顕現化の原動力となり得ないのです。

よって、その精神的成熟を果たし閾値が臨界点を超えた時、周波数はデジタル的に瞬時に変わり、瞬間的に世は変わる。とわたしは感じています。(恐らく、遠い昔・遠いところで同じ経験をしているように思います。間違いないという感覚がしっかりとあります。再び地球でも同じことをやってるようです^^。)
但し、心・精神性の向上・成長は、徐々にしか実現できません。それが現時点におけるこの地の人間の限界だからです。ここに大きなギャップがあります。
この地は・この世は、それほどまでに難しい学校だったことを感じています。


明確に描き出してください。
貨幣経済を卒業し終わらせる世を。
限りなく明瞭に描きだしてください。
心地よく穏やかな波動に満ち、多くの存在とともに生きる世を。

ワルものには感謝を捧げることも忘れず。ここまで成長させていただく役割を担っていただいたのですから。
悪を滅ぼしてはなりません。ただしその波動にフォーカスする必要がないことはしっかりと理解のうえで。





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