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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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思考は瞬時に乗っ取られる

学舎の百日紅 photo 宮本章光

百日紅(サルスベリ)は、これほどまでに背丈が伸びるのかと。
高さが2m以上になる種も少なくない様子。

このように「思い・考え・感じた」瞬間に、その思考が持つ周波数のエネルギーを「自分自身が」生み出しています。
思考は瞬間的に乗っ取られる。というのは、この現象を語っています。

7月20日が近づくにつれ、騒々しいエネルギーが増えています。
見なければ、聞かなければよいだけのこと。ではあります。
ですが、
すでにこの事項を「ここに記したわたし自身」が、ここでお読みいただいている方々の「思考を乗っ取った」ことになります。
この仕組み、よく理解いただけるはずです。


意識した瞬間に具現化する仕組み。
どこかで聞いたことがありませんか。
量子力学の観測問題、これは絵に描いた餅でも何でもなく、普遍的な法則であること。

---観測者が観測した瞬間に具現化する。---


ですからオールドメディアから離れました。
ですのでオールドインフルエンサーから距離を置きました。
もはや必要がない波長のエネルギーを「自分が増幅し焚き続ける」愚をいつまでも繰り返すのはなぜでしょう?

海外ではDominionと呼ぶらしく、この国では「634」とのネーミングで示されること、もはや答え合わせの項目です。
身に危険が及ぶのは避けたく詳細は控えますが、このシステムは、極端にアナログな部分を故意に残してあります。
用紙に記入するのは「鉛筆」です。
それに、用紙は極めて厳重かつ詳細にわたり管理されているはずなのに、印刷段階で印刷ミスがあったと称し「追加」で用紙が流通供給されるアキレス腱が意図的に残されています。
ええ、でも核心はそこではなくて(わざと弱点を見せてフォーカス先を逸らせる意図)、根本部分はソフトウエア的に操作されてきたことは既知の事項でしょう。
不正の温床。不正の総合商社そのもの(でした)。

いや、もう時代は変わり白帽子が世界を牛耳ってるんだから大丈夫。
だとか、量子投票システムに変わってるから一人ひとりの投票に対する意識が評価されるんだ。
などと。


はい。いつまでやりますか。
もうやめましょう。
誰がそんなことを決めましたか。誰があなたの心を評価しますか。
ありえない。
webに漏れるとしたら、その段階でガセであることは明らかでしょう。

いいですか。
この世・この地の現実とされる絵・風景は、自分自身が生み出しているのです。
観測者とは自分自身。量子とは意識の波動そのもの。
自分が生み出したエネルギーを自分で確定し、この世に顕現化している仕組み。
しっかり学んだはず。ええ、全然体得できていなかったのですね。


その話題その事項、その周波数に「意識を合わせた」瞬間に、そのエネルギーをあたな自身が確定しこの世に増幅し拡散してしまうのです。
もうやめましょう。
だからオールドメディアから離れました。オールドインフルエンサーさえももうお呼びではありません。

百歩譲って、自らの心が評価される仕組みがあるのなら、それは、あなた自身があなた自身を評価しているということ。
そしてそれを心底信用しているのなら、その人自身の現実はその通りになるのですから文句はありません。
鏡の法則だとか呼び、その道のビジネスに落とし込まれているフィールドもありますでしょ。
けれど、
そうした人たちが、もう一段の成長を果たし、この地の波動を高めるための構成員として「閾値」を上げる役目を果たすことができない以上、いつまでもいつまでもこの目の前の風景を飛躍的に変化させることが叶いません。

人の勝手や。放っておけ。その人の自由や。
ここが問題・課題なのではなくて、集合意識がいつまでも高められないことを論点にしています。

兎にも角にも。
この先に必要とされないエネルギーの周波数には触れない。
それは、見て見ぬ振りをすることとはまったく異なります。
やかましいインフルエンサーの情報、ふとした瞬間に画面上に出てくるのは、わたし自身がその周波数を心の底に維持し続けている証明でもありましょう。


美しい存在に、美しいと伝える。
それだけでいい。
思考は、意識した対象に瞬時にシンクロします。
その周波数が、いまこの瞬間からあと、わたしの・あなたの現実としてこの世に顕現化してゆきます。
然るに、必要とされる・望ましいと考えられる波長のエネルギー「だけ」を維持すればよいのだと。


ここは、56〜57年前にその図書室の蔵書をすべて読み(眺めた)わたしの学び舎。
当時はちょうどこの前が玄関口でした。
いま、美しい生命存在とともに。




シンクロと共鳴の時代に入りました

アガパンサスに出会う道端 photo 宮本章光

アガパンサスの記事をwebで目にした日。
道端で出会う機会が一氣に増えてゆきます。
あちらでも、こちらでも。

---それは偶然にすぎない。
---それは思い過ごしだ。
---その時期だから見かけるのは当然だ。

などと、そういった感覚が刷り込まれ自らの潜在能力をスポイルされてきた世の中でした。
もう旧いレイヤーは消滅するだけです。
新しいレイヤー上に、自分の望む絵を描きます。

ここに氣がついた人たちは、すでに数多く。自分の得意分野でその能力を発揮し始めています。
語りの得意な人はそのフィールドで。
文章化が得意な人はその方法で。
あるいは、
音楽でも造形でも。それぞれの得意とする舞台で活躍をはじめた様子が伝わってきます。

わたしは、
美しい仲間・美しい存在の姿をここに伝えてゆきます。そして文字としても記してゆきます。
この場が、その舞台となることを知っています。
美しい仲間の持つ大きなエネルギーが、ここに示されていること。
それは同じ波長に合致した瞬間に強力に伝わり受け取る感覚、必ず判るはずです。


たまたま。偶然。氣のせい...。
ではなくて、
意識した周波数に合致したものに出会います。それが仕組みでありそれが法則だから。
同じように、シンクロするエネルギーが共鳴する時代。
同じように、共鳴する人たちとともに新たなレイヤー上に歴史を生み出し築き上げてゆきます。




もっともっと感覚的に

御神木から受け取る photo 宮本章光

本日二投稿目となります。
急激に流れ込み、溢れ出すためここに記し残します。


これまでの世では、感覚的なものは否定されることが多かったように思います。
感覚よりも技術。
感覚よりも理論。
感覚よりも体現・実践。と。
如何に、物理実体を使い動かすか、と片側に偏っていたかが判ります。

そうした時代に染まりきっていたのですから無理もありません。
エビはあるんか!ソースはどこや!、と否定する人はようやく減少したように見えますが、まだまだ心底では唯物主義的な感覚から脱しきれません。

わたし自身が講師としてご縁をいただいていましたカルチャーの各クラスでも、相当偏った技法的なお話しをお伝えしていたことを思い出します。
ですが、
これからの世は、感覚的なウエイトを大きくそして急速に高めてゆく必要ががあります。
片側に偏りすぎたエネルギーは、揺り戻してバランスを取ろうとするからです。

そしてここが最重要ポイントかと感じる部分です。
感覚的なもの、直感に響く感触が、この先の世を牽引してゆくこと。
これまでのごちゃ混ぜの世では実現しなかった「エネルギーのシンクロ」が起きやすくなること。
もっともっと感覚的に振って行けば大きな変化が起き、より望ましい結果が導かれること。
すでに多くの場面で体感しているはずです。


御神木に頭(こうべ)を垂れ感謝を奉る。
すると意識せず(現地ではまったく見えていなかった)とも美しい光が記録されてゆきます。
単に目が悪いため見えていなかったとも言えます。それが事実でしょう。

太陽の向きとレンズの位置関係で発生する事象であることは、自分自身が一番よく理解しています。それにこの結果をもって騒ぎ立てる意図も皆無です。
ただ、この瞬間の心に合致した周波数が、この結果を生み出すという視点も大切にしたいと感じるわけです。

もっともっと感覚的に振ってゆく。
この先の世の歩き方として大切な観点ではないかと思われます。




自分で創り自分で歩むのです

竹林に photo 宮本章光

くるくる詐欺に、隕石大津波世界滅亡詐欺。
いつまでもいつまでも。一つの期日を越えればまた次々と。永遠に。

はっきりしているのは、
そうやって扇動して儲ける人たちが存在していること。
そして、そこで踊らされ騙される人たちが、そこにエネルギーを供給しているということ。

裏側の構図では、
こうした、人の心をもて遊び故意に仕組んで臣民を隷属化してきた歴史があったこと。
ええ、その意味では仕組まれた災禍が隠されているリスクはあるかもしれません。
しかし、そこに燃料を注がなければ何も起きません。
騒いでも叫んでも、目の前の風景は何も変わりません。どこの誰が燃料を注いでいるのでしょうか。
しっかりと学んだはずなのに。
ですので、ここで止めます。

他方、
どこかの大統領令で大金が手に入る。わくわくして待ちましょう。
だとか。
あるいは高次他星系存在が救世主として現れる。わくわくして待ちましょう。
果ては、再臨の日が訪れる、などと。
どれもこれも、いつまでもいつまでも。

違いますでしょう。
わたしたちの喫緊の目標は貨幣経済から卒業すること。そのためには上記と同じ仕組みに基づいて、わたしたち自身がそこに燃料を注ぐのです。
望ましい世界線が具現化するように、そちらの方向へ、そのポイントへ向けて「燃料を注ぐ」わけです。

誰かが助けに来てくれるのではないこと。
自分の心が生み出す仕組みを最大限に使い、わたしたち自身が新たな世に相応しい周波数を生み出すことによってこの地を卒業してゆくのです。
白馬の王子様も救世主も来ませんよ。というその意味を「物質次元的」には理解していても、精神的にエネルギーを高揚させて周波数を変えてゆく。という部分がまったく理解できていないのではありませんか。


地に足をつけて。と語られます。
ふわふわと浮ついておらずにしっかりと、と。
その意味を、上記のように「物質次元的」に理解していても、本心から理解できていないように感じること多々。

グラウンディングが大切だ。と。その意味が本当に理解できているでしょうか。
地面を素足で歩けばそれが叶うのではありません。
それも一つの方法としては有効であることに違いありません。それは確かでしょう。
けれど、
同じように「物理実体物質的」な感覚でしか捉えていないことがはっきりと判ります。

天から降り注ぐ望ましい力を、自分の体を通して大地の中心まで導き通すのです。
その感覚は、単に土の上を歩けば目的が叶う、という次元をはるかに超越していることが伝わりますでしょうか。
特定周波数のエネルギーが流れる感覚を感じていますでしょうか。


物理物質次元を超える。とはこういう意味なのですが、なかなか伝わらないことが多いのです。
そんなもの妄想に過ぎない。と蔑みます。
いえ、そもそもこの地この世が妄想なのですよ、という部分が理解できていないのですから、結局は「物理実体・物理物質次元的」オンリーな感覚でしか捉えられないのでしょう。

これらをすべて統合して、「エネルギー的に」望ましい道を創造してゆきます。
わたしたち一人ひとりが、このように心から望ましいエネルギーを生み出し続けることによってのみ、道は切り拓かれます。
もちろん、それを実現させるだけの総合力が、必要とされるだけの閾値を超えなければなりません。
いま、かなり高まってきていることはわかります。
よって、もっともっと高揚させる必要があります。
結果として、そのエネルギーが必要十分なレベルにまで充填された時点で、携挙あるいはそれに近いような想像を超えたシフトが現実となるのではと思われます。

それは、救いが勝手に天からやってくるのではありません。
特定宗教を信ずることによって自分だけが救われるなどという、支配・隷属化のために悪用された教義とはまったく違うことを理解せねばなりません。

わたしたちが心の底から生み出したエネルギーの集合体によって、それが生み出され創り出されるといった重要なエネルギーと具現化の仕組みを抜きにしては語れません。
わたしたち自身が創り出すのです。わたしたち自身が生み出すのです。
勘違いのありませんよう。

この先の道は、
自分で創り自分で歩むのです。




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