アンド・エム宮本陽/宮本章光ブログヘッダーイメージ

宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

Archives [All Entries:2870]

抗わず流れに委ねる

春日の大楠に頭を垂れる photo 宮本章光

冬土用入り。
そして、1.17。

忘れてはならない。と。
それを否定するのではありません。
けれども、その意識にフォーカスする限り、その波動を何度でも生み出し繰り返し焚き続けること。

エネルギーの法則を知ったのなら、その経験に感謝し離れる。
その体験が必要だったから出現したことに礼を奉り離れる。
それだけ。それが最も重要なことだと。

絶対にやってはならないのは、
裏側にこんな企みがあって故意に仕組まれたんだぞ、知れよ真実を。
と、いつまでも叫び続けること。

その負の波動をいつまでもいつまでも生み続け燃料を焚べ続ける。
それは単に自己顕示欲にしかならない。と知る必要があるでしょう。

災禍さえも必要だったからこそ自分に降りかかったことを。
人の命さえも必要なタイミングで必要な形で消滅してゆくことを。

すべては必然であり、すべてはこの地を体験するために描かれていることを。
抗わずに流れに委ねる。


感謝とは、
こうしてすべての出来事を体験させていただけることに捧げるエネルギー。
楽しいこと、わくわくすることを無理やりに書き出して、心にもない意識のまま口先だけ語ることではないのだと。

愛とは、
甘美な感覚を語ることではなく、極限の苦しみ痛み災禍さえも自らを成長させるために目の前に現れている仕組みそのものだと。
ものごとのうわべだけを口走る薄っぺらさを知ることが求められます。


お焚き上げを終え歳神様を見送ったあと、その空白には準備と調整のエネルギーが裏側で働いていることを知ります。
それが土用。
それなのに、一秒を惜しんで走り回り、貴重な借り物であるこの体を痛めつけた過去。
その結果、病床に伏した過去。

それさえも学びと成長のための過程だったことを知ります。
仕事だから仕方なかった...のではなく、大いなる巡りと季節・時期が持つ本質、緩・急、動と静の本意を知ろうとしなかった自らの過去があります。


この地この世、そしてこの稀有な言靈と大地の波動、永きにわたり生き抜く生命と波長を合わせてゆきます。
そこには、流れに委ねる姿勢が求められます。




そもそも説明は要らなかった

2026年 白梅が芽吹く photo 宮本章光

なぜ芽吹くのか。
どうして花開くのか。

季節が巡るから?
時期が来たから?


このようにして説明をしなければならない時代は過去になりました。
説明は不要です。
なぜなら、説明しなくてはならないレベルを卒業したから。

必要な時に、
必要なものが、
必要なだけ顕現化する。
それが、そもそもの仕組み。

なのに、理由を探し求め、ファクトチェックだエビデンスだ。と、外部に依存し続ける。
ましてwebに答えは存在しないにも関わらず、今度はAIに尋ねる。

いい加減にしなさい!
と、もしわたしの祖母が生きていたのなら、間違いなく叱られることでしょう。
答えなんてどこにもありませんよ!と諭されるのがオチです。


情報とは、
情報という言葉に対する多くの人たちの理解とは異なり、臣民を支配し「意識と感情をコントロール」するために存在してきたこと。氣づいていますか。もう学び終えましたか。

人と比較しアタマがおかしい。だとか、ファクトチェックはどうなっているか。などとAIに依存しその答えを求める。
あぁ、ビギナーすぎるよな、この人は。と瞬時にバレます。
比較そのものが不要。
答えは自分の心の中にしかありません。


違和感がある。
それなら、その波動と「自分は合致していない」という、単なる状況を示しているに過ぎないこと。
大いに頷く。
それならば、その波動と「自分は共振している」という状況を単に示しているだけだということ。

よって、人ひとり一人ごとに「その答え」は異なります。
この感覚を研ぎ澄ますことによって、この先に広がる道を創り上げるのです。


繰り返します。
「情報」とは、多くの人たちが理解している情報ではなく、意図的に仕組まれた「感情を低波動に落とし込める」ためのエサだということ。

自分は大丈夫。
自分は自分でコントロールできるから、ある程度はSNSにも接点を持っているんだ。ですか。
ええ、大いに結構ですし自由です。
ただ、
波動や周波数の法則は、その周波数を「意識した瞬間に合致し同じ波動を拡大している」ことを忘れませんように。


白い梅ですよ。
と意識した瞬間に「白い色」や「梅という存在」に合致し、そのエネルギーを生み出し拡大している。
この仕組みを学びました。

学んだ限りは、ノイズにしかならない波動に触れ、不用意にそれを世に垂れ流ししないこと。
大人の行動。とはそういうことではないでしょうか。


望ましい世とは、救世主を待ち続けることではなく、自らの心から願う周波数を選択し生み出し、それを顕現化させることでしか実現できません。

そもそも、説明そのものが不要だった。
ようやく理解できる人たちが増えている様子が見えはじめています。
ともにその波動を束ねて拡大してゆきたく思います。




緩め・手放し・整える

IMG_0090_2026.webp

やかましい情報。
やかましい音。

それは、単に「ラウド」という観点ではなくて。


心機一転、今年こそは...。
といったように、
足して足して足し続ける思考。
そんな思考、そんな説明そのものが、もはやノイズになり得る。

そのノイズは、不足と欠乏の周波数に同期し、不足と欠乏という現実をいつまでも顕現化させるから。

15日。
緩め・手放し・整える。



心の眼で見る

スプレーマム菊の花 photo 宮本章光

心の眼で見る。
とは、
その存在が持つ波長に合わせてみること。

心の眼で見ると、
その存在が維持する周波数を感じられるはず。

心の眼で見る。
その時に初めて、その存在と響き合う感覚が生まれます。


ここに、心地よさと穏やかさ。美しさとの共鳴の波動が生み出されます。
この目に見えない波動が、時差を経て目の前の風景を形作ります。

それが現実創造。
それがこの地に生きるものの果たす役目。


105744982
rss_logo

New Entries

Archives / Serch

Categories