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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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その質感こそが氣の正体

ねこじゃらしが呼ぶ秋の入り口 photo 宮本章光

触ったことがない、と仰る方はおそらくないと思われます。


過去に触れた経験が記憶にありその感触を思い出すはずです。
少しチクチクするでしょうか。
多少の痛みに似た感覚かもしれません。
でも固くはありません。


その感触を「思い描いている瞬間」に、その印象・イメージと同じエネルギー波動に合致しています。
これこそが、エネルギーシンクロは法則であるとされる所以です。

わたしがここに写真と文字を記すことにより、
当記事をご覧いただいた方にもその周波数に合致したエネルギーが生み出されています。
いまこの瞬間に、です。


もう多くを語る必要はないものと思います。
この先の世を創り上げるために「必要ない」波動に触れると、その不要なエネルギーに合致した不要な波動が生み出されてしまいます。
望ましい道が創造されるのを阻害しているものと、顕現化・変化が極めて遅い理由は、
そういった「不要な周波数のエネルギー」をいつまでもキープする人たちによって逆噴射されているからだ、と考えれらます。
当然、自分自身でも瞬時にその反対周波数に合致してしまう瞬間は無数にあります。その瞬間には強烈に逆噴射してしまっているわけで。


やるべきことは、ただひとつ。

旧く役にたたないこの先に不要な波動からきっぱりと離れる。
望むエネルギー波動を選択する。
望む周波数を維持する。

そして、俯瞰する。

何を俯瞰するのか。
それは、
各界隈で語り続けられる、ビジネス教材やチャネリング情報とされるさまざまなエネルギー。

それが正しいかどうかはまったく関係ありません。自分にとって同じ周波数だと思うなら導入すればよいでしょうし、違う!と感じるのなら、それは自分とは合致しないエネルギーだということ。

多くの場合、それらは「善と悪がセットになり」あちら側から放たれているのではないかと感じます。
よって、
参考にこそすれ、判断は自分の心に尋ねる以外に方法がありません。


幸い、心の感触というアドバイザーが超強力なので「違和感」というアラートをけたたましく鳴らしてくれます。
違和感を盛大に感じるものは自分とは合っていない証。もっと言えばそれは仕組まれたエネルギー。善悪どちらであってもです。
見た目が「善であるかどうか」は、判断の基準とする定規の役目を一切果たしません。

これを、それ風・その道風に言い換えてみますと、
感覚を内側に向け宇宙とつながる。といった語りで伝えられているものと同じかもしれません。
まさに、「答えは外側には存在しない」と、何もかもがピタリと。全会一致と相成ります。


物質・物理次元的な感触に再構成してみますと、
質感こそが氣の正体。そしてその氣こそがエネルギーの本質。
合うか・合わないか。それが周波数・波動のシンクロ法則。

もう「氣」をつかいこなす時代に入っています。
その質感こそが氣の正体であると。




この世はワナに満ちている

この世はワナに満ちている photo 宮本章光

もうこの認識そのものから脱する時間を迎えています。
(今日の記事は少々難しいかもしれません)


この地・この世はワナに溢れています。
それは、
ワナにハマり捉えられる体験を通して学ぶため。

しかし、その状況・状態を「俯瞰」できない限りは成長が期待できません。
なぜなら、ワナにハマっているんだよ。と認識できていないからです。
まさに現在の状態そのものではないでしょうか。


敢えて不自由を「自分から希望して」この地にやってきたわたしたち。
それなのに、
いつまでも、世の中おかしいやろ!狂ってるやろ!節を続けるのは、ワナにハマっていることが認識できていない証。
この状態を第三者視点で見ることができない限り、未来永劫その現実を自分が創り続けてしまうのですから。


あぁ、これほどまでに巧妙に騙されてたんだ。
あぁ、いかに深い洗脳だったかを知り目が覚めたよ。
と、ここまで来れたのなら、
次は、
お見事、騙していただきわたしは成長が叶いました。
素晴らしい、落とし穴に落ちてその「味」を知ることができました。ありがとうございます。
と、この段階に昇華しなければ成長の成果をこの先に活かすことができません。

これこそが、悪は善とバランスし仕組みとして対極を体験するために存在しているのだと知り得ます。
よって悪はお役であり感謝を捧げ、そして手放しましょうと語られているわけです。


ここまでを知り、その仕組みを理解することが覚醒の本質です。

どれだけ悪事があったのか、どれだけ騙されていたのか。
それを知らない人に「知れよ!知れよ!」と押し付けるのは、ただ単に「自己顕示欲と自己承認欲求」に囚われているだけでは、と感じます。
まさしく、SNSで自己アピールしている世界と同様。
どれだけいいね!を集めたか、どれだけフォロワーが増えたか。
そういった数を追い数を求める世界をこの先も望み、まだまだ深層心理レベルで「こびりついたアカが落とせていない」証明です。
人に知らせることが世の中を変える方法だ!
などと激しく間違った認識のまま、善の仮面を被った悪に成り下がっているだけ。
そういう大義名分を掲げて、自分が負の周波数に合致してしまい悪のエネルギーを撒き散らすばかりです。


ここにはワナしかない!
そんな世・そんな地で勉強しっかりさせていただきました。ありがとうございます。
と、ここにまで至ったのであれば、
この先には、その負の周波数を選択しないはずです。

ええ、この地この世はワナに満ちている。
そういう認識、そういう感覚そのものから抜け出し卒業するのです。


この地この世がワナに満ちているかどうか、それ自体が「もはやどうでもよい」こととなってゆきます。
それが意思表示。
それが自分の選択。
ええ、この先に不要なモノ・コト、もはやどうでもいいのです。

これが、新たな周波数へと移行するその本質、悟りの根幹、次元上昇と語られる本質かと思われます。



怒れよ日本人!という扇動に乗らない

ダムの手前で息づく生態系 photo 宮本章光

いつまでも現状を続けるのは止めにしませんか。


狂った世になっているのは、崩壊直前ゆえ徹底的に解体しなければならないだけのこと。
このままじゃ国が無くなる!
このままじゃ移民で国が滅亡する!
怒れよ!日本人!!

そんな言葉を叫び踊り続ける人たち。
これ、少し前にもありましたでしょう。なんたら省庁前デモだとか。
あぁ、いまでもやってますか。いまデモ^^。

結果はどうでしたか。
世の中変わりましたか。
結局は、自分の我欲を満たしただけ。叫ぶことで鬱憤を晴らしただけでしょ。

こうやって膨大な負の周波数エネルギーを「生み出し・撒き散らし」結果として、余計によろしくない方向へと目の前の現実をシフトさせてしまったことに、まったくお氣づきになりません。


ご本人は、良かれと思ってのことでしょう。
知らない人に知らせるのが役目なんだ、と救世主にでもなった氣分。さぞストレスも発散できたことでしょう。
何もしないよりマシやろ!だとか、何かすごいこと偉いことを自分がやってんだ。と。
でも、よく考えてください。

その負の波長に合致している限り、永遠にそのエネルギーを焚き続けます。
これを「善の仮面を被った悪に落ちぶれている」というのではないでしょうか。
氣づかないのはご本人だけ。まさに裸の王様。恥ずかしさの極みです。


大切なことは、
そのエネルギー波動に「触れるだけでも」自分自身が同じエネルギーを増幅していること。
この極めて重要な原理原則を知る必要があります。

触れるだけでも。
とは、
そういった記事を見るだけでも、ということ。
見た・読んだ瞬間に、その波動と同じ周波数に合致します。言葉はエネルギー存在そのものだからです。

ですから、見ない・聞かない・話さない。
これを徹底し、その波動から離れたのではなかったでしょうか。
(はい、わたし自身がその波動に触れているから認識してしまっています。よって可能な限り離れます。)


そしてその次にやるべきことは、ただひとつ。
望ましい世を心の中から生み出し創り上げること。
それは、
お花畑だ・フワったダメな奴だ、と蔑み見下されてきたのです。それが現実を変える唯一の手段であることに氣づかせないためでした。


この境地にまで到達しなければ、永遠に叫びつづけなければならない負のエネルギーの渦中から脱することは叶いません。
まさに、
良かれと誤解している人たちの扇動に巻き込まれないことです。

終末期には、混乱の世に飲み込まれ道連れにされないように!と、ずっと語られてきました。
ええ、自分は大丈夫さ”覚醒しているし理解している"。
などと達観していたはずの人たちが、このさまです。

結論から言いますならば、
覚醒も理解も、とんでもなく初歩のところだけで足踏みしている状態。幼稚園児になったはずなのに、まだワガママ放題泣きじゃくるようなレベル。
これでは、とても中学生になどなれるわけがありません。


この先の世を本氣で変えようと思うのなら、
この先の道を本氣で創り出そうと考えるのなら、
「怒れよ日本人!」という、ビギナーすぎる人たちが結果として陥ってしまった扇動に乗らないことです。
彼らも、いずれは更なる成長を遂げるはずですから、それまでは触れず離れて、ご自身の成長に任せればよいだけ。


自分は、自分の望む世界を創り上げるために、
心地よく暖かく、穏やかで感動と感激・感謝に満ちた、多くの生命存在とともに歩む道を、ひとつづつ生み出す。
これ一択です。これしか方法はありません。それが大原則・大法則だからです。
実践してゆきましょう。望ましい風景に満ちた世を実現するために。




街で生きるということ

街で生きる photo 宮本章光

フワフワビジネスとともに、都会から脱出せよビジネスも盛んな様子です。

---このまま崩壊する世界線では食べてゆくことができない、都市部ではなく農村部で生きる道に乗り換えよ。
---このままだと都会で生きる道は負け組の証だ。

だから田舎で自給自足...という帰納法。
間違いではない部分も多いように感じます。そして否定できません。

けれどもこれ、何もかも同じ論法による一種の誘導であるように感じます。


素人がいきなり農村で生きてゆくのは極めて高いハードルかと思われます。
当然大きな初期投資は必要ですし、地元の人たちとうまく生きてゆくための感覚の違いも、その後一生の大きな課題になることは目に見えています。
いえ、確かに否定から入らずに、まずやってみる。それが成功の秘訣だ。
というのも理解していますけれど。

実際、億単位の遺産を得たことから農業に入った方のお話しを聞いたことがあります。
それまでは、大都会の超有名大企業でお勤めの人でした。
法律や役所の縛りが厳しくいつまでも許認可が下りない、見えないコストがどんどん積み重なり設備投資だけ先行、あっという間に当初の準備金が消滅。
不慣れな重機・機器の扱いを誤り、足指の損傷・壊失など序の口。
初めから販売レベルの結果が出せるなど夢物語。一年単位で植物たちは成長するため、一回の失敗は一年分の損失、風水害も目に見えないリスクだと。
生きるため・日銭を得るため、作物の購入先を探すばかりの自転車操業...。


ええ、もちろんその後、大変な努力が実り街中でその方のラベルが貼られた野菜などを見かけるようになりました。
当然ネガティブなことばかりではないはずですし、当初の目的からすれば先手必勝的な意味あいもあるでしょう。
けれども、
ここまで大きな課題を超えてゆく決意と準備がない限り、単にこの先の不安解消のため。だとかの「逃げ」の意識レベルで考えるほど容易ではないことを知り得ます。

結局は、田舎で住むのが勝者の印。
などと掲げていること自体が、古いレイヤーの発想・SNSでの自己アピールと同じ類でしかなかったことに氣づくのです。


重ねて記します。
否定はしませんしできません。
しかしながら、コトの本質は目先の不安材料に右往左往している状態に変わりなく、発想と意識そのものが「学びが足りていない」証明でもあります。

恐怖のエネルギーから離れよ!
その意味は、まさにこの事例にも当てはまります。
すべては、恐怖の波長に合致する(させられる)から思うツボではないのかと。

都会に生きていても、必要なご縁やネットワークを作ることはいくらでもできるでしょう。
まして現時点では目に見えていなくても、水面下で新しい世を「創り出そう」と、意識レベルを高めている人たちは増加の一途です。
この先に崩壊するタイムライン上で「逃げ道」を探すのではなく、この先に共に歩む人たちとの接点を大切にし醸成してゆくことが本来の道筋ではないのかと感じるのです。

そして、
忘れてはならないのは、大自然とそこに生きる生命存在との接点も。
街で生き抜くためには、彼らとの共存意識なくして実現不可能であることを。



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