生きているという感覚

道すがら、出会う草花たち。
そこに意識を合わせない限り視界に入ることはなく、その存在さえも氣がつかないでしょう。
実際には、もっと鮮烈な印象があります。
その色彩感が放つエネルギーは、「色飽和」などという専門用語をここで持ち出すことなく、さらに強く強くアピールしてくるのです。
花によっては、ごくごく小さな虫たちが集まっている様子が観察できます。
風向きによっては、より優雅になびく姿を観察することができます。
しかし、
くるりと後を振り返ると、
そこには幹線道路を走る、多くの車、くるま、クルマ。
騒音も排ガスも振動も、彼らには何ら良い影響とはならないはずでありながら、精一杯そこに存在している姿。
まさに、いま存在していること、いま生きていることを体現しています。
歩き、場所を移動するという能力、そして言葉という媒体によって会話するという能力を捨てた代わりに、20種類もの感覚を持ち得たと言われる植物たち。
わたしたち人間は、たった5つの感覚(五感に加えて第六感)でさえも、十分に使いこなせていないこの現実。
ですが、
ようやく、スポイルされていた潜在能力を思い出しつつあるはずです。
少なくとも、彼ら植物たちがそこに存在し、「生きているという感覚」を受け取れるようになっただけでも、大きな飛躍だと感じています。
さらに、もっと、深く大きな能力を「思い出して」ゆきたく思います。
ともに創り上げてまいりましょう。
本来、わたしたちが持っていた力強い心のエネルギーを使いこなしながら。

わたしが感じた心、
「その一枚の中に込めた心」を受け止めていただける方々と、肩を張らず、ともに心から響き合える感動を共有してゆきたいと思っています。
それが、望ましい未来を創り上げる方法だと思うからです。
数を追い、人と比べる必要性。
それらを捨てたときに、初めて見えてくる風景を。
わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。
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2023/08/19(Sat) 19:20:00 | New Age