アンテナを張るのはwebじゃない

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【和するこころが切り拓く未来】2025/05/13(Tue)[Link]
では、お声をお聞かせくださった一部の方がありました。ありがとうございます。
以前にも、そして何度も何度もこの言葉を記した記憶があります。
--アンテナを張る先はwebではない。
--フォーカスする先はSNSではない。
--フォローするのはインフルエンサーではない。
では、その対象は?
「自然」ではないでしょうか。
しぜんではなく「じねん」と読むのがこの国の言靈につながる秘訣だと感じます。
発音する音そのものもエネルギー波動であり、それを無意識のうちに活用できていたのがこの国の先人の智慧。
何もかも台無しにされ、潜在能力に蓋をするように仕向けられてきた、この国特有の戦後の歴史があります。
ここを知るにつれ、けしからん!支配者たる悪よ滅べ!と、いつまでも叫ぶのは恥ずかしいのではありませんか。
と言いますか、そのレベルから成長できていないことを自ら露呈しているだけでしょう。
まさに裸の王様。知らぬは本人ばかりなり。
自然には、数多くの生命・生き物が存在しています。
彼らの世界にはワルものは存在しません。いえ、逆に生存のために対処するという、最大にして唯一無二の課題があるはずです。
時には、そのハードルが高すぎて命を落とすかもしれません。
彼らはその課題を受け止め・受け入れ、過酷な状況での体験を得ます。
その生きざまを見て、わたしたち人間は何を思いますか。
死は怖い、死んだら終わりや。
それが支配者による刷り込み・洗脳であったことを、いつになれば学ぶのでしょうか。
あるいは、
禁断の果実を口にしたから、子孫・未来永劫「三罪」を償い続けなければならない。と、ビジネス材料にされている時点で洗脳も甚だしいのではありませんか。
預言は先駆者たる他星系からこの地にやってきた存在が残し、その内容も正しいに違いないと思われます。否定はいたしません。けれど、その記述・語りが、人を隷属化するための材料として本来の意義とは異なった使われ方をしている現実に対しても、いつになれば学びを得るのでしょう。
確かに、痛みという課題、身体的・物理的な感覚は耐え難いものがあります。
動物を含め、昆虫、魚にも痛みや恐怖の感覚がある、という研究結果も容易に見つけることができます。
しかし、
恐怖や負のエネルギーに憑依されるまま、そこから逃げるだけの人間は、大自然の中で生きる彼らの足元にも及びません。
自己顕示欲と自己承認欲求の塊と化したSNSのインフルエンサー、そしてそこに群がるアリのようにその教祖が発する発言に一喜一憂する人間の姿。
それは、彼らがもし認識できると仮定するならば、きっと、
直前記事の主役「石ころ・岩石」[Link]のように、
人間なんて大したことないな、なんて幼稚な存在なんだろう。と感じるに違いありません。
だから何?・それがどうしたんや!ではなく。
わたしたちは、学び・精神性を拡大・成長するために、この地の体験を重ねているわけで、この極めて重要なポイントを理解できているのなら、大切な教材はwebには存在していないことを知るべきでしょう。
当然、学問にも、そしてこの地の科学においても。
まして、
ワルものは、二元性・二極化の両端を知り、それを体験するためのお役目として存在しているのですから、そこに感謝を捧げるというその意味・本質を見極める必要があります。
まもなく訪れるとされる千年王国(一応但し書き:自ら再教育を意志表示した人にはやってきません当たり前です)、そのあとには、一旦隔離された「ワルもの」が、一千年間の時を経て再び開放される、とも記されているようです。
一千年間の桃源郷体験で、今ここ・この現時点に至るまでに長らく苦しみ・痛み、それによって学んだ大切な体験と感覚を鈍らせ、忘れ去ってはなりません。
現時点と同じ過ちをしないよう、一千年前から警告をしなければならないほど、地球人はおこちゃまではないはずです。
その1/10でしかない100年ごとに「騙され続ける姿」を見るにつけ、危うい感覚を感じるのは、わたしだけではないでしょう。
学びと成長のカギは、webにもSNSにも存在していませんし、もちろんオールドメディアやオールドインフルエンサーからも齎されることはありません。
難しい表現ではありますが、それは自分の心のセンサーでしか感じ取ることはできません。そして自らの心からしかその波動は生み出せません。
同時に、学ぶべき教材・教師は、自然(じねん)の中にしか存在していないことも。
日本人(にほんじん:にっぽんじんではありません)なら必ず理解できると信じて。