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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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「鼻デカ」料理は美味しそう?

鼻デカ犬のような料理写真は美味しそうだろうか?

広角(超広角)レンズで被写体に極めて近いところに寄って撮られた写真は、中央部が極端に強調されて特殊な効果を生み出す。いわゆる「鼻デカ犬」の写真といえば誰でも判るはず。

お料理(お弁当も)の写真も「同じような傾向」で撮っている方をよく目にする。
特に、ある程度(コンパクト)デジカメを使いこなしている方ほど陥りやすい。

周囲の余計なものを省くために、メインになるお料理やお弁当を大きく写す。ということが既に身についていると、どんどん被写体に寄って行くことになる。
「もっと寄って撮りましょう!」と、ごく初心者向けの教室では指導される。
それは、お弁当を撮っているのに、周りのテーブルばかりが目立って肝心のお弁当が真ん中に小さく写っている...。という失敗から脱却するための指導である。

そして「もっと寄って撮る」ことができるようになると、画面いっぱいに美味しそうなお料理やお弁当が写った写真を撮るようになる。
だが、ここで「何か違うぞ!」と感じる人と、そうでない人とに分れる。

色や明るさについては、また別のアプローチになるので、それ以外のファクターとしての「強調感」や「四角いお弁当箱が四角く写らない」という部分だ。
寄り過ぎて、鼻デカ犬風のお料理になっているということ。
そのような写真...、意外と目にする機会が多い。
写真以外では、テレビのインタビュー風景などで特に多い。インタビューされている人が「鼻デカ」までは行かぬまでも、鼻デカ風に強調されてしまい、大変に失礼である。

食べ物の写真が、鼻デカ犬のように強調感を持って撮られていると美味しそうに見えるだろうか?
モノの形状を、より正確に写すにはどうすれば良いのか?
教室の生徒さんの「目からウロコ」の一つは、ここにもある。

今日の一枚はパーティ会場での一コマ。もちろん、これは鼻デカ料理写真ではない。
残念ながら、このパンを味わうことはできなかった。

マグロの「におい」を撮ってみる

本マグロのにおいを撮ってみる

においなんて撮れる訳がない...。
そう言ってしまうと話が進まないので、少しだけアタマを柔らかくして欲しい。

あるホテルで開催された、本マグロ解体の一コマ。
マグロの写真というと、大トロ・赤みのブロックや切り身など「料理」としてのイメージ写真を連想するケースが多いかもしれない。
他方、このように無骨で大胆なイメージは、「食材」的なイメージや「魚」としてのマグロの姿が目に入るので、整った「料理」ではない感覚を受ける。

右側から照らすスポットライトは相当温度が高く熱い。
だから料理人は、鮮度を落とさないように極めて手際よくさばいて行く。
同時に、解体時に飛び散る肉片や水滴も大胆さを感じる要素となるし、鋭利な包丁が皮を切るガリっとした音も臨場感を与える。

そのような要素全てを一枚の写真に織り込む。
-----左奥は屋外の太陽光、右は白熱スポット光。
-----上部は少し怖いくらいの赤みと白衣、下部は大胆な顔とシャドウの黒。
という対比が良い結果を生み、左手軍手の黄色い部分と左奥の看板の青い文字の一部分がアクセントとなった。
より一層臨場感溢れる要素を取り込むことで、マグロの「におい」まで感じられるようになるはずだ。

国際宇宙ステーションを撮る

国際宇宙ステーションを撮る

国際宇宙ステーションをご存知だろうか?

【国際宇宙ステーション(International Space Station、略称ISS)は、2010年の完成を目指して、アメリカ、ロシア、日本、カナダ、欧州宇宙機関(ESA)加盟11カ国が協力して建設を進めている宇宙ステーションである。:出展=Wikipedia】

地球の周回軌道を一周90分で回る。
日の出直前か日没直後に、太陽の光を受け極めて明るく輝きながら移動する様子は、航空機よりも早く動いて見える。勿論、肉眼で。
現在はスペースシャトルもドッキングしているはずだが、さすがにそれは肉眼では確認できない。

今までにも夕刻の条件の良い日に数回観察しているが、今日8日はほぼ天頂を通過する好条件の軌道であったため、近場の山腹にある展望公園に向かった。
しかしながら、今回は薄雲がかかり観測はできず仕舞い...。

やたらと足元にすり寄ってくる野良猫と、公園の端でのトランペット練習の旋律が物悲しい秋の訪れであった。

このカットは、8日ではなく一昨日6日の撮影。(一昨日も仰角は大きく観測日和であった)
また別の場所の通称ロケット公園で、遊具とISSの軌道をテーマにした撮影を行ったもの。
宇宙航空研究開発機構のサイトに同写真を投稿しているので、9月6日の欄をご覧になっていただいても良いかもしれない。

小学生時代に書いた将来の夢は「天文学者」だった。
中学生時代に写真撮影に関心を持ったきっかけは「天体写真」だった。
そして今、ISSの軌跡と風景を絡めて撮影している...。

連写と連射?撮ると取る?

And EM 宮本陽 フォトブログ

最近メールをいただく機会が増えている。
皆さん面識の無い方ばかり...。

連続して写真を撮影することを「連写」という。
その意味で「連射」という文字を使っている方が大変に多い。
単なる誤変換だと思う。誤変換については自分も笑えないという記事を先日書いている[ Link ]
だが、この2文字は違和感が大きい。

カメラの連写性能について、「撮れないことには意味がない」「その瞬間を撮る事に価値がある」といった、非常にたくましいコメントが書かれている、その同列に「連射」の文字が出てくると、途端に興ざめ...というか前言の価値が低下してしまうように感じる。

機械の性能は右肩上がりなので、更に連写性能は上がるに違いない。
しかし、機械のスペックを語っている限り「決定的瞬間」は撮れないと思う。
秒10コマなら撮れて、秒8コマなら撮れない? そうした論議は数学の先生に頼んで欲しい。
その動きを予想し、レリーズのタイムラグを体得し、狙って撮る...というテクニックを磨く方が先ではないか?
もちろん連写は否定しないが。

人間は写真を「撮る」のであって「取る」のではない。
なるほど、「連射」以外に「写真を取る」の文字も書いてある。
機械が数多くのコマを撮ってくれた中から、良いと思われるものを「取り出す」作業をするから「取る」なんだな。
彼らにとっては、いずれの文字も誤変換ではなかったのかもしれない。

今日の一枚は、6年前2003年5月の撮影。
EOS10D ボディと50mm f1.4レンズのコンビ。
ISO800 1/8 f2.8 当然手持ち撮影。それぞれのパラメータは意味があってその値になっている。
写真の表現方法は限りなく懐が広い。
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