群れる必要がどこにありますか

群れに身を投入することで安心感を得られるでしょう。
群れに身を置くことで連帯感や一体感を得られるでしょう。
しかしながら、その安心感や連帯感とトレードオフし差し出すデメリットについて考えたことはあるでしょうか。
群れるとそこにはエネルギーが渦巻きます。それはまるで一人の力以上にポジティブな感覚を得られるかもしれません。ですが、そのエネルギーはどこにも「プロテクト」はかかっていません。横取りし放題です。
そして、その横取りしたパワーがネガティブエネルギーとして使われる...。結果として牢獄惑星の開放がいくらでも遅れてゆく原因となる。
あなたは、そのリスクを防御できますか。
無知は罪。
そのように語られて久しい状況です。
知らなかった...けれども、結果として悪を利する結果を呼び寄せたのならば、それはマイナス点としての因果を背負います。背負ったマイナスポイントは、必ずどこかで精算しなくてはなりません。
それもこれも、両極を体験するための学習の場であるこの地には必要なことですが、逆噴射ばかりやっていてはマイナス点を溜め込むばかりです。
回りくどい・難解な言い回しになっている点はご容赦ください。こちらもパブリックスペースにオピニオンリリースする限りは、まさにそこに保険が必要ですので。
群れる必要などどこにもないはずなのです。
一人ひとりが心の中に備えるポテンシャルを本氣で信用し本氣で活用する「使い方」を忘れてしまっているだけなのです。
それを思い出し、本氣でそのパワーを発揮する時です。
どうすればそれを使いこなせるのか?その疑問に対する回答、それは。
それはご自身の直感が教えてくれます。そのためのリハーサルをやってきたのでしょう。この2年間はそのためにあったのではありませんか。
錆び付いて腐敗した心のセンサーは、昨年までにもう取り替えが済んでいるはずです。
真新しい最新型のセンサーで、心に響くものだけを選択してください。
「ごっこ遊び」しかできない人は、もう離れました。人のお世話の前に自分自身の浄化を進めることが先です。
自分を磨かずして、どうやって人に伝えることができましょうか。
(物騒な話をする意図はありませんが、航空機の非常時酸素マスクは、子供に着けるより先に親が自分自身の安全を確保して。と言います。その理由は、親が先にダウンしてしまうと親子とも両方がアウトになるからです。酸欠は一瞬で意識を失うからです。子供を思えばこそ、先に親としての自分の安全と意識の確保が必要なのです。
一つの例えとして書きました。)
こちらでご縁のあります多くの皆さまとともに、常に強力な導きのエネルギーを送り続けていただく諸先輩方・高次存在への感謝の言葉を忘れぬように。
ありがとうございます。感謝しています。
2022/01/06(Thu) 20:43:21 | New Age