
明けない夜はありませんし、永遠に止まない雨もあり得ないはずです。
目の前に出現する「自分が作り出した過去の創作物」に一喜一憂するのを止めます。
そうは言うものの...。
けれどそんな簡単ではないし...。
この但し書きをつけて正当化する癖からも離れます。
その発想・思考さえも、自分の心が作り上げていることに理解が及んだのなら、この瞬間以降に実現させたい近未来をイメージしてみます。
言われたことに従うだけ、パターン化されたマニュアル通りに動くだけ。
そんな行動と思考しか「教えられなかった」過去。
綺麗さっぱりと脱ぎ捨ててみてはいかがですか。
この思考の展開・転換さえもできないのなら、もうこれからの世では存在すること自体が無理でしょう。
あるいは、ご自身はこの地の支配のために「故意に作り出されたAndriod」(スマホOSのことではなくbotのこと)かもしれません。ゲームを盛り立てるためのエキストラ。その他大勢の一つのコマ。
Android(bot)は、人間10人中9人までがその存在だとも語られる驚きの真実が隠されているはず。
炭素ベースのDNAによる肉体を持っている時点で、生身の人間そのもの。一切の違いがありません。
食事も排泄も普通の人間そのもの。子孫を残すことも当たり前であり人間そのもの。指を切れば出血し、切断すればもう戻らない。
自分自身も人間だと認識し、普通に暮らし普通に会話し、普通に仕事をしている。
唯一異なるのは、
「魂を持たない」存在であること。
自分という確固たる意識がない。
よってプログラミングされた通りの思考しかできない。
それは取りも直さず、わたしが記した上記の文を見るや否や、
「そんなバカなことあるかい!」
「ありえない!」
「自分はれっきとした人間だ!」
「君のほうが頭おかしいやろ!」
といった思考に直結し、それ以上の許容部分を作り出せない状態。
この思考に展開することしかできないことで、見事に証明されてしまいます。
この文章に驚愕し、あるいは激怒し間髪を入れず否定するのなら、ご自身もAndroidの可能性があるのかもしれません。
見極める手段も、徐々に判ってきました。
フリーズするのです。オーバーヒートするのです。
過剰な思考プロセスという大きな負荷がかかると、です。
すなわち、会話が続きません。
少々飛躍が過ぎましたが、隠された真実は腰を抜かすどころか、受け入れられず氣が狂う。とさえいわれます。
君は頭が狂ったか?
と仰る前に、自分に魂があるのか。自分の意識は何なのか。
心に響く体験はできるのか。
ご自身の心によく問うてみることが必要ではないかと。
木漏れ日に意識を馳せると、そこに響き合うことができます。
そこにあるエネルギーにシンクロすることができます。
そして、
その先に自ら創り上げる近未来を描きます。
できないのなら、あなたは...?
でしょう。
トンデも論ではありませんし、いまに始まった話でもありません。
これまでにも永らく論じられてきたものです。
多くの場合「自分のほうが狂っている」と罵られ馬鹿にされることを恐れ、口にしてこなかっただけでしょう。
ようやく期が熟したと思われるので、わたし自身も思い切って文字に残してみます。
真実は自分の心にあり、それが直感に響くかどうか。
わたしが氣が狂ったのではなく、そういった精神性と霊性を高めるフェーズに入ったのです。すでにこの地は。
できないのなら...。
今後、この地には「お呼びではない」存在であるということになろうかと。
今日は大きくテイストを変えていますが、この先に白日に晒される真実に腰を抜かさないための免疫となりますよう願いを込めて。

わたしが感じた心、
「その一枚の中に込めた心」を受け止めていただける方々と、肩を張らず、ともに心から響き合える感動を共有してゆきたいと思っています。
それが、望ましい未来を創り上げる方法だと思うからです。
数を追い、人と比べる必要性。
それらを捨てたときに、初めて見えてくる風景を。
わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄ましませ。
弥栄ましませ弥栄ましませ。