
記事内容を大きくシフトしようとしています。
背景には、同じ波長でつながる方々との共鳴体験が手にとるように伝わるようになってきたことがあります。
但し、従来とは異なり非常に僅少な方々とだけしか響き合わないようにも感じています。
物理的指標としてのアクセス数・状況は、ブルービームだとかの話題を扱った数年前の記事に集中しており、周回遅れ(失礼な意味はありません:人それぞれ覚醒のタイミングは異なるので)ながら、目を覚ます人たちが増えているんだな、という状況だけは判ります。
戻します。
今回の標題「心を込めて」と語っている限り心は込められない。
とめどなく長文になりそうではありますが、しかし、シンクロできる方には、いとも簡単に伝わるだろうと思われます。
よって、後者ターゲットで手短に。
「心を込める」。
よくお菓子(高級洋菓子)などの世界で語られているのを目にします。心を込めて作りました。と。
単刀直入に行きます。
心を込めて作ったかどうか。それは「見ればわかり」ますし、「口に(食べれば)すれば」一瞬にして伝わるのです。
ああ、営業トークだな・社交辞令だな・定型文だな。としか伝わらない場合には、そこに心は込められていないように感じます。
断定するのは危険ではありますが、伝わらないものは伝わらない。
それは、受け取り側(=わたし)の周波数が異なるという点もあるでしょう。
化粧箱に同封される栞(しおり)に、過去からの文言を踏襲しただけの、いわばコピペ文章。
大量生産、コスト削減と利益追求。
その栞を時代に合わせ入れ替えることなく、文章を新たに書き直すことさえもなく。いえ、それが必要不可欠というのではありませんが、より響くように変わってゆこうとする努力そのものは、誰も否定できないでしょう。
それこそが心を込める、という一つの要素でもあるはず。
ところが、
大言壮語はどこにも存在せず質素な佇まいながら「強烈にアピールする」事例も存在します。
どこにも、心を込めました!などと語られていなくても、本当に心を込めたものは「強く伝わる」という証でもあります。むしろ、言葉で表現しないからこそ伝わる。という印象さえ受けます。
結論を急げば、これは周波数が見事に一致し響き合った印でもあるでしょう。
さらにゴール地点へ急ぎます。
心を込めた。という文字で表現している限り、そこに心は込められないはずなのです。
言葉には言霊が宿ります。ゆえに言葉そのものにも込められるだろう。と、普通はそのように思います。
しかしながら、
その言霊にこちら側の心をシンクロしようと合わせてみても、そこに何のエネルギーも感じられない。まさに何も存在していない。=込められていない。という図式が、確かにあるのです。
それが証拠に、文字で語らずとも伝わる事例があるわけでして。
シンクロ周波数の違い。だけでは片付けられないものが、ここにあるのだと判ります。
そもそも、心に込める。といった感覚としてのエネルギーは、文字には落とし込めないものだ。との証明でもあるように見えます。
いよいよ、ここまで来ましたね。という感じです。
言霊を否定するものではないので、この点だけは誤解のないよう但し書きを添えた上で。
文字という印刷物(あるいはwebで表示される文字)に、どれだけ心を込めて、と記載したところで、その製作者・製造者が「本当に心を込めていない」のなら、必ずそのウソが伝わるのですね。
ここまでわかるようになってきましたよ。
ということなのでしょう。
唯物主義、物質至上主義に激しく偏って、本来両輪であったはずの、そのもう一方である精神性を教育洗脳の段階で完全に取り払われてしまったわたしたち。
いま、この両輪であったもう片方の感覚を、急速に取り戻しつつあります。
このようにして目に見えない部分を磨くのだな、と、その行程と方法さえも「自動的に」齎されていることを感じます。
これも天の導き。直感や勘の世界です。
別の言葉を使って表現するのならば、それは「天の配剤」かもしれませんし「指導霊による導き」かもしれません。あるいは「ハイアーセルフ」からのメッセージというのかもしれません。
いずれにしましても、
精神性の分野を、頭ごなしに否定する態度を改めない(確かに、この世はすぐにこういった部分をビジネスにしてカネ儲けのネタにするきらいがあるのは認めますが)限り、今後ご自身は生存することさえ不可能な時代に入ったことを知る必要があるでしょう。

わたしが感じた心、
「その一枚の中に込めた心」を受け止めていただける方々と、肩を張らず、ともに心から響き合える感動を共有してゆきたいと思っています。
それが、望ましい未来を創り上げる方法だと思うからです。
数を追い、人と比べる必要性。
それらを捨てたときに、初めて見えてくる風景を。
わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄ましませ。
弥栄ましませ弥栄ましませ。