そこに込められたエネルギーは変化する

写真には、撮影者の意図が内包されています。
写真には、撮影時点のその空間のエネルギーが込められています。
そうしたエネルギーを、見る立場の方が感じ取ることによって、そこにコミュニケーションが生まれます。
忘れてはならないのは、
受け取り側の「受け取り方」によって、そのエネルギーが変化することです。
わずか4年ほど前の紅葉の風景ですが、撮影したわたし自身が、現時点ではこの瞬間の感覚とは異なった受け取りをするようになっています。
4年前の2018年には、色彩感やその荘厳な存在感だけしか感じていませんでした。
いま2022年になってみますと、
この地で火災があった過去のその時点では、この木々がどのような感覚でその時間を過ごしたのだろうか。
だとか、
ここまで伸びるまでの年月で、どれほど多くの人々の参拝のエネルギーが流れてきたのだろうか。と。
現在では、そういった捉え方に変化してきていることです。
4年前の時点でも、過去に火災があった事実は聞いていましたし、歴史についても説明を受けていました。
しかし、そこに意識がフォーカスしていなかったため、鮮やかさを追いかけたそのパワーだけがここに折り畳まれています。
そしていま、あらためて異なる受け取り方をしてみますと、
そこにある木々の声(実際には声は聞こえませんが)として、違ったエネルギーが伝わってきます。
これは、
受け取る側の受け取り方によって、エネルギーが異なったものになったということでしょうか。
---そんなもの...感じ方なんてどのようにも変化するんだよ。
---そんなもの...見かたによっていくらでも考え方ができるんだよ。と。
はい、その通りだと思います。
ここで導き出されたことは、
そこに込められたエネルギーは、受け取り方によってどのようにも変化するんだということ。
まさに、
「そう思えばそのような現実になる」思考が現実を創り出すという、そのものズバリの実証実験のような結果が導き出されます。
よって、
何にフォーカスし、何を考え意識するのか。
ここが極めて重要ですよ。と伝えられている通りなのだと理解に及びます。
ようやく扉が開いた檻(オリ)。もう中に居続ける必要はないのです。
いつまでも囚われたままで居るのは終わりにしたいものです。
自らの意識で、自らの道を創り出してまいりましょう。
この場で、ともに同じ方向のエネルギーを束ねていただけるみなさま。あらためて貴重なご縁に感謝申し上げます。
併せて、常に強力な導きのエネルギーを送り続けていただく諸先輩方・高次存在への感謝の言葉を忘れぬように。
ありがとうございます。感謝しています。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。
2022/11/11(Fri) 20:24:38 | New Age