光を感じる眼

その場の雰囲気を残す。
と、こうした言葉をよく使う。
だが、どのようにすれば雰囲気を残すことができるのだろう?
クロスの質感だとか、パイ表面のテカリ具合、といったものは、その場で目前に被写体がある撮影者にとっては容易に感じ取れるものだろう。
しかしながら見る人に対してそれを語るには「その部分が伝わるように見せる」配慮が必要になる。
伝わるように。
ここがポイントで、そのためには光を感じる眼が必要だということがなかなか語られない。
しかし、撮影というアクションが生活の隅々にまで及び、ここまで身近になってくると、撮影の王道を知っておかないことには「奇妙な調味料で奇抜な味付けをした」料理ばかりが世に出回り、結局は麻痺した舌が受け付けなくなる。
これは音楽が身近になるプロセスで起きたような圧縮音源で麻痺した耳と同じ道を辿ることになる。
だから撮影に際しては光を見極める、という本道のスキルを磨きたいわけである。
セッティングされた被写体を、決められた設定で撮る、というトレース体験で「すごーい。たのしい!」を提供するクラスが注目されているが、シチュエーションや設定・条件が変わったときに自らその状況を理解し「伝え・語る」絵を得ることができるだろうか?
そこには、光を感じる自分自身の眼が必要であることを、多くの指導者は語りたがらない。
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2014/01/29(Wed) 15:59:00 | Light and Shadow