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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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背景は後から変える??

コスモスを撮ろう!2016宮本章光撮影
スマホで撮った写真の背景を後処理でボケの大きな絵にする。という。
なるほど。
一眼レフ・大口径単焦点でしか手に入らないようなイメージをスマホで実現するには、2つのレンズと高度な測距技術が必要になるだろう。確かにその技術は素晴らしいと思うし否定するものではない。

しかし、何でも後処理でやりゃいいや!といった感覚が「今すでに蔓延している」状態。
背景を快晴の青空から加工して暗いイメージにしたい。Photoshopの操作はどうすればいい?といった感じの質問が増えている。
もちろん、それはアプリケーションの操作を習得する意図では良いのかもしれないし、商業ベースで必要になるテクニックとしても有用だと思う。

撮影とは、その日あるいは翌日のコース料理を決める料理長が食材を仕入れる行為。どのような料理を提供するかを考えて必要な材料を準備するはずだ。
当然、天候の具合や不可避な事情により入手可能な材料だけで仕上げなければならない場合もあろう。

撮影時点で「頭を使う」のをやめてしまうと撮影の楽しさが半減してしまう。撮影時点で色々と考えて自分の望む結果を導くアクションにこそ楽しさがあるはずなのだが...。

結局のところ、撮影時点で青空とともに暗いイメージの背景も撮影しておけばそれで済んだ話。かもしれない。
料理人だったなら、必要な食材を手に入れられない時点でアウトだろう。


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ハヤリだから?

photo by AKIRA MIYAMOTO

「シャドウを潰し、ハイライトを飛ばす。」
暗い部分は何もデータが存在しないレベルにまで潰してしまい、明るい部分にも同じくデータが存在していない...。
ヒストグラムを見ると、見事なまでに中間部にデータが存在せず両端に角が立っている状態。

なぜあなたはそんな処理をするのか?と問えば、

なんとなく今の流行りだから?
と、回答自体に自信がない様子。

こうして、平成のある一定の時期だけ奇妙な写真がアーカイブされてゆく。


こんな話もある。
「アナログレコードから音楽CDに移行し始めた時代、その後しばらくは、貴重な演奏記録がCDフォーマット以上のクオリティでは保存されていない。」

デジタル化した時点で、さらに高精細、より高解像度で記録を残す重要性に意識が至らなかった。ということらしい。
ハイレゾを語る2016年に生きる我々は、より高解像度、より高ダイナミックレンジなアーカイブを残す重要性を認識している。

私たちには、過去から脈々と刻み続ける歴史の一部を担い、この時代を記録し残す責務があるはずだ。

こうして、平成のある一定の時期だけ奇妙な写真がアーカイブされてしまった。
と後世の人は語るのかもしれない。

伝えるための画像処理

photo by AKIRA MIYAMOTO

撮影は画像処理とセットで考える時代。
そう言い続けて10年を越えた。

過去に生録(自然音などが特に顕著)の世界でも、とにかく触らないことが最高、といった主張は強かった。音の世界では、収録機器の特性によってそもそも特性自体がフラットにならないことが多く、またフラットな特性を実現しても、人間が受け取る感覚と機器の特性とは乖離している部分が多い。

放送される映像に関しても、狭いダイナミックレンジの中に豊富な階調を再現できるよう技術革新が重ねられてきた。HDRの最前線は広大な明暗差を表現すべく進化し続けている。

静止画像データにも似たところがあり、データ上でどれだけニュートラルにチューニングしてみても、人間が感じる記憶色や希望色といった特性とは大きく異なっていることが多い。

だからこそ、撮ったままのデータではなく「自分が伝えたい絵に自分の意思」で仕上げる。
といった考え方に基づいたプロセスが必要になる。
フィルター遊びではなく、それは「伝えるための画像処理」なのだが...。

業務と趣味の共通の接点

夏の集中講座が一段落。
構図に関するクラスや画像処理のグループレッスンなどを単発で実施させていただいた。

ここで画像処理について考えてみる。
業務プロセスとしての観点では、大量のカットを最短の時間で最高の結果を導くため可能な限り無駄を省き一部自動化も取り入れる。
他方、趣味で取り組む場合には、試行錯誤しながら時間をかけて自分の意図する結果を得るといったそのプロセス自体を楽しむ。

一見、真逆のように見え、双方に接点は見出せないように感じる。
だが、時間をかけるべき部分は、「その絵に何が必要」で「どのような方向に処理するか」といったプロセスの見極めにあるはず。

当然アプリケーションの機能、どのボタンやスライダーを操作するか?という基本を知る必要はあるだろう。しかし、その操作をどれだけ沢山覚えても結果をうまく導き出す力は養えないのではないか、と感じる。
手段と目的を間違えずに楽しみたい。


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