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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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自分で練り上げる・待つのをやめる

芽吹きまであと少し photo 宮本章光

「待ち続ける。」

待ち続ける限り、待ち続ける現実を自分自身で創り出し、それを永遠に維持していることに氣づきましょう。ということです。

見た目には固い蕾のまま。
でも、
内側では、花開く瞬間に向けてしっかりと熟成を続けています。
まるで手のようにも見え、そこに生命の息吹を感じます。


いまだに今日も今日とて、
救世主が...、あと少しだ...、きっと大きなことが起きる...。
と、やっていると、その波長にフォーカスしている自分自身が「永遠に現実にならない」エネルギーを焚き続けています。
不足と欠乏・未実現の周波数にシンクロしているからです。

当然それは個々人の自由です。
が、観点・論点は人の勝手かどうか、そこではありません。
そうした人々が「減らない限り」「成長と成熟を果たせない限り」は、この地の現実という名の風景は変わりようがありません。
いえ、
そのように認識する「わたし自身」も、その現実を作り上げてしまうことはしっかりと理解できているつもりです。
ですので、この事項にフォーカスする限り、今度はわたし自身も「そこに燃料を焚べてしまう」ということまで判ってはいるのですが。

ただ、トリガーとなる波動としての「水面に一滴の水」を滴らせない限りは、静まり返ったその水面はいつまでも凍結したままであることは否定できないでしょう。
どうすれば氷結したままの池は春を迎えられるのか。

大変悩ましく、再度・繰り返し負のスパイラルに落ち込むリスクと向き合うだけの繰り返し。


放っておけばいい。人のことなど。
触らず離れればいい、他人の自由だ勝手だ。

放っておけば、凍結したままの水面は凍てついたままで終わるでしょう。
そして、
過去と同じように地球がグィッと体を捻った瞬間に、6度目だか7度目とされる大掃除で大海に沈むだけでしょう。


自分自身の世界は、自分自身の波動によって形成される。その大法則は多く知られるところとなりました。
ならば、自分で・自分ひとりで望ましい風景を望み、その原動力となる波動を生み出し続ける。
結果として、自分自身の世界は望む通りに顕現化する。...はず。


自分で練り上げる。そのことだけ一点集中。
少なくとも、外側に変化が起きるのを待ち続けるのだけはやめましょう。と。

伝わるでしょうか。
このエネルギーに響き合える人々は存在するのでしょうか。



バチが当たる・冥利に尽きる

美しく咲き誇る photo 宮本章光

目の前の風景は過去の想念の結果物。
目の前の風景は過去に生み出した波動の結晶物。

タイムラグがあるのです。この地では。

しかしながら、
その時差はみるみる短縮されていると伝えられています。
実際、それを体感しているはずです。


この国の貴重な言靈。
「悪いことをすればバチが当たる」と、おばあちゃんの知恵袋の筆頭に掲げられるような言葉があります。
起源は、仏罰(ぶつばち)を示していたものだとされ、道理に反し理性を無くした行動に対する戒めを説いたものでしょう。

尤も、神も仏も罰を与えることはありませんので、それは自らが生み出し放った波動が返って来ただけ。
因果応報の仕組みが具現化したものに過ぎない、という物理法則の顕現化でもあります。
であるならば、
バチが当たらないように善行を積み上げ幸運を手に入れる。それは、
「冥利(みょうり)」だとされます。
これも同じく因果応報。自分が放った周波数に等しいものが「時と形を変えて」自分に戻るだけのことであると。


ここで氣付き学ぶこと。それは、
「バチが当たる」という言葉は、厳しい戒めのように見えて、実は「自分自身を大切にする(清く正しく生きる)」ための知恵でもあったということです。
そして、
すべてが、その法則に従って例外なく顕現化するという唯一無二の仕組みについてだと。


美しい存在に出会えるのは、
その前に、自らが同じ周波数を生み出すという因果の法則に従っていたことを証明してくれます。
いえ、
そんな大それたことはしていません。

しかしながら、ここがもう一つの重要ポイントでもあります。これまでも何度も書き綴ってきました。
---自分なんてまだまだ...。
---自分なんて大したことはない...。
この、美徳とされる、あるいは謙遜する姿勢そのものが正しい生き方だ、と教えられてきたこと。

その姿勢は間違いではないものと思われます。
けれども、
周波数の仕組み・物理法則観点からは、まだまだ...自分なんて...と語る限り、永遠にまだまだ...で、自分なんて(その願いに相応しい存在ではない)と、いう波動を強烈に固着し続け、具現化し続けます。


ここをクリアして次のステップに進めたいのです。
美しい姿、だと教育されてきた「自分なんてまだまだ...」「自分なんてとるに足りない存在...」と、語ることを一切やめること。決して心に抱かない・描かないことです。

実際、わたしたちはすべて完全な存在だった、と語られ伝えられてきた「その本質・その本意」がようやく理解され始めたところかと思います。
それなのに、
ここで逆噴射しない。絶対に。


いつまでも世の中が変わらない(ように見える)のは、自分がいつまでも「まだまだ...」と抱き、いつまでも自分は「まだまだ...で、取るに足りない」存在だと言い続けるからです。
この、一人ひとりが生み出すエネルギーの総和が、集合意識・あるいは集合無意識として現実という名の目の前を作り続けるのです。

流れに逆らって生きない。
これも何度も何度も書き続けています。

世の中良くなって欲しいのです。ここに違いはありませんでしょう?
ですから、一緒に自分自身も、もっともっと成長してゆきます。と宣言すれば良いだけのことです。

いつまでも逆噴射するな、の言葉の本質は、
世の中の裏側に隠された悪事を語り顕示欲を満たす姿勢をやめることだとか、その話題から離れることではありません。
自分が美徳だと思ってやっている、心に描いている、その姿そのものを改めることです。


その結果として、
冥利に尽きる世が目の前に展開するはずです。

それが「冥利」という言靈が示す波動だと理解する必要があります。




ここに在る姿・花開く

2026早咲きの歌に触れる photo 宮本章光

2026年、花開きます。
ここの樹、毎年常に先魁となって美しく披露してくれます。

沿道の仲間たちが根こそぎ切り倒され根元の株だけの姿になりながらも、ここでは自分らしさを忘れずいち早く歌い始める。

年に一度だから。
この瞬間に美しさすべてを披露する出(いで)たち。


今年も芽吹き花開きます。
ですが、それは昨年の花とは違います。
それが、ここに在る姿。

盛大に人目を引かなくてよい。
盛大に広告媒体に載りアピールする必要もない。

大きな声で自分の存在を誇示することなく。
人と比較し、人より抜きん出ることを望まず。
自分らしく在る。
まさに「在り方」そのものを体現していることがわかります。

ここに在る姿。春・花開く。



それは偶然ではありません

遠き山に photo 宮本章光

エネルギーは循環する。
エネルギーは巡りゆく。

小さなこと・ものを見逃さずに。
少しだけ丁寧に。
少しだけ視点を変えて。

いつもと違うこと。
いつもと違うところにキーワードが隠れているはずです。


それは偶然ではありません。
それが望むエネルギー・願う波長との接点なのだと。

そこにあるサインを受け取ります。
それは偶然ではありません。



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