評価を氣にするという古いクセ

日々成長を重ねる。
それは、わたしたち自身の内面のこと。
---高次元から、地球人の精神性がどれだけ向上したか評価されている。
---高次存在から、人類の成長具合が観察されている。
そんな話、そんな声。
また増えてきたような感触があります。
あぁ、自分の周波数が落ちたな、と氣がつきます。
そこにシンクロした時点で、自分がその波動に低下してしまった状況を俯瞰できる感覚を持てるようになったことは喜ばしい。
観察されているから「よい子ちゃんで居る」のですか。
評価されるから「よい子ちゃんになったフリ」をするのですか。
まるで、
学校の教室で、先生が扉を開けて入ってきた瞬間に姿勢を整えて「よい子のフリ」をしてきた、まさに旧いレイヤーの行動そのものだと感じます。
わたしは私立に通わせてもらえたので、そこにはいわゆる一般的な生徒など存在せず、ぶっ飛んだ者ばかりの環境で育ちました。
最後列で朝弁・早弁(1時間めから弁当を食べる・しかも授業中に)に勤しむ水泳部の強者(早朝から数千mもトレーニングすればそりゃ腹も減るわな)も居たような環境...。
それが良いかどうか、武勇伝を語るのが目的ではなくて。
人の目を氣にして、よい子ちゃんで居よう。などという周波数とは桁違いに自由自在な波動に満ちていたことがわかります。
---最後の審判だから。
---新たな地球に行けるかどうか精神性が試されているから。
だから、よい子ちゃんで!
という発想そのものが、わたしの学生時代の教室には存在していなかったことを例えとして思い出しています。
自由にやりたいことをやればいい。
当然、規律もあり常識だって必要です。けれどそんな屁理屈のような半端なレベルの話ではないわけで。
はっきりしていること。
それは、
そのように高次元から評価されるから...といった意識そのものが、すでに次の次元:この先の世にはアンマッチかもしれない。と。
自由自在に泳げばこそ。その波動が、自動的に高次元に到達するのです。
いまを目一杯生きていればこそ、自動的に感謝の境地に達するのです。
そいうことだよ、
と、年に一度だけ美しい姿を披露する樹々の声が響きます。
そういうことだと学べましたか、
と、一期一会の「今のあり方」を目一杯表現し生きている姿をもって教えてくれます。
2026/04/06(Mon) 16:12:53 | photo blog



