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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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輝く光に意識を馳せる

水仙に波長を合わせる photo 宮本章光

煌めく光に意識を馳せ。
輝く光に波長を合わせ。



共存・共生が示す極めて大切なもの

新宿花園神社より仰ぐ photo 宮本章光

そこは、まるで異国の地のように感じたことのない波動があり。
そこには、寒さを極めた身に刻み込むような冷たさを感じ。

でも、
そこでは、多くの種類の波動が満ちている。


まさに、種々数多くの種族を一つ所に集め、それぞれがどのように成長・進化するのかを実験してきたこの地=地球のような。

尤も、地球のその実験は失敗であったことが確定しており、過去5回も6回もそれまでの文明を大海に沈め、白紙からやり直してきたにも関わらず、今回もまた失敗だったのだと。

異なる波動をごちゃ混ぜにして一つ所に集めると、それは単にカオス化し破壊と破滅に至る。
その結論を得られたことだけは成果だったのでしょう。
結局、
物理法則通りに、同じ周波数だけが共振・共鳴し響き合う。その結論に至ることを学びました。

ただし、
異なる周波数が、それぞれの持ち味を活かしてハーモニーを形作るという、その新しい展開もあり得るわけで、そのための前提条件として「何が求められるのか」をより深い部分で知り・成長の糧とする必要があります。

この部分が抜け落ちていた、と氣づくことです。
ただ単に、違う波長だから・異なる周波数だから、と排斥するのではなくて。
その「抜け落ちていた重要パーツ」とは何だったのでしょう?

それはまさしく、
共存と共生と、他者への思いやり。だったのではないでしょうか。

この場で、違いすぎる・異なりすぎる波動に触れた意味にあらためて思い至ります。
そして、
毎回、天から自動的に降りてくるシリウス由来かと想像される魂に刻まれた周波数にシンクロする感覚を。




「頑張る・頑張らない」の落とし穴

南天の古壁 photo 宮本章光

歯を食いしばって頑張る。
そんな時代は終わったのですよ。と語られています。
そして、
もう頑張らない。頑張らなくていい。のだと。

これは意識改革を喚起するきっかけにはなるでしょう。でも副作用も大きい可能性を知る必要があるでしょう。


ここ、大きな落とし穴になっているかもしれません。
フォーカスした周波数に共振する大法則です。

頑張ろうと、頑張らないであろうと、頑張る。という言葉によって永年にわたって刷り込まれてきた意識が生み出す周波数、そのエネルギーを無視できないからです。

過去には、頑張る。とは、
頑張らなければ「答え・結果は出せない」という洗脳でした。

近年の精神的進化・靈的成長を果たせたならば、
そうではなくてすでに満たされ満ち足りていることを意識しましょう。
と変化してきていることは説明の必要がありません。
けれど、
頑張る。と発した時点で、そこには「頑張らなければ結果は手に入らない」といった「不足と欠乏の周波数」を自ら生み出していることに氣がついていない可能性が高いのです。

いえ、間違いなく、頑張って...と言葉を表現した段階で「不足と欠乏」の波動が生み出されてしまいます。
現時点で実現していないから頑張る。
現時点で不足と欠乏の状態だから頑張るのだと。

少し前にずっと検証してきていましたように、まさしく「流れに逆らって逆噴射」する、抗うエネルギーにシンクロしてしまっているようです。


これは、その言葉をどちらに捉えようとも、頑張らなければ答えは出せない・結果を得られない。との波動を固着させるばかりに作用していないでしょうか。
ですから、
「この先には、もう頑張らなくていいんですよ。」と話す時点で、それは意識改革のトリガーにはなり得るでしょうが、そのメリットよりも、現時点で不足と欠乏を強固に具現化させるエネルギーを生み出してしまうデメリットの方がはるかに大きいリスクがあるかもしれません。


要は、その周波数そのものから離れる大切さ、ここに落とし穴を避ける秘訣があるように感じます。
それは見て見ぬふりをすることではありません。

言葉とは・言靈とは、これほどまでに強力なエネルギーを秘めていたことを知ればこそ、一つひとつの発言に責任を持つ。
そして、発せられる前の段階で描き・抱く周波数に対しては、極めて繊細な意識を持って扱う必要があることを。

学びは永遠に続く、とはこういう意味だとさらに理解を深めます。
悪事が蔓延る、これまでの世の中に溢れかえった負の波動にシンクロしそのエネルギーを掲げ、論って叫ぶ愚を重ねませんよう。




自分の道を歩み続ける

自分の道を歩む photo 宮本章光

自分の道を歩む。

そんな言葉を発しようものなら、協調性が皆無なダメな奴・組織の一員として相応しくないダメ社員。などと怒鳴られたものです。
はい、それが昭和のサラリーマン・平成の時代を生き抜くスキル。それが会社の歯車になるということでした。


良いのかよくないのか。
それは自分が決めること。
ただし、
それを「自分で体験し味わって」こそ評価できる仕組みであること。
その仕組みそのものまでを学び終えたかどうか。

この「体験によって精神性を磨き成長する」仕組みを学ぶこと、それこそが重要キーなのであって、歯車の一つとして生きる姿が良いかよくないかの論点ではないのですよ、と知り得る地点に到達しているかどうか。です。


まるで魂の存在しないAndroidのように同じように歩を進める人たち。
そこに生氣も英氣も感じられないのは、わたしだけではないはずです。
毎日、同じ道・同じ時間・同じ姿で、同じようにトレースする。
そこに進化や進歩、精神的成長が生み出されることは極めて困難であろうと予想されます。


自分の道を歩んでください。
直感に響くみちを。
直感が指し示す道を。



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