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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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できることに取り組む・やり遂げる

祓えたまえ清めたまえ守りたまえ photo 宮本章光

一人ひとりが、自分にできる目一杯のことに取り組む。
但し、
流れには抗わず。
後ろを向いて歩かず。

現時点で自分にできることをやり遂げたなら、
次は、より多くの共振・共鳴を求め続ける。
但し、
それは、過去の悪事を語り続けることではなく。
それは、両極のエネルギー、前に向いて進むことを選びながら。
それは、心の中から望ましい周波数を生み出すことによって。




肌感覚で「思考は現実化する」を

季節を photo 宮本章光

理解している人はアタマで理解している。
肌感覚で体験している人はカラダで感じている。

この地この世は、地球人の総意の周波数によって具現化していることを。

初めに意識・思考がありき。
この大原則を知り体現するまでは、目の前の風景は決して変わりません。
すでに顕現化している風景は、過去に生み出された思考・思念の「結果物」であることを。
よって、集合意識たる個々人の周波数を一定の方向に向け束ねる必要があるはず。


本質部分の理解が、ここに届いて「いない」人は、「結果物」だけにフォーカスして右往左往してしまう状況だと伝えられている通りです。
当然、それもその人の選択には違いありません。

ここで間違ってしまうこと。それは、
選択は人それぞれだ。誰が何しようと勝手だ。それに覚醒度合いは人によって異なるものだ。人それぞれだ。
と、論点を置き換えてしまうのです。ええ、それは正論で正しい。
しかし論点はそこにあらず。
自らのその置き換えに氣がついていない、あるいは別の軸に置き換えてしまったことに自分の意識が及んでいない。


人の勝手、ひとの自由かどうか。それがポイントなのではなくて。
十人十色は正しいし、それが否定されているのではなくて。

そうではあるけれど、
「望ましい風景」をこの地に具現化・顕現化させるには、千差万別でありながら「方向性だけは一点に集中」させる必要があるわけです。
でなければ、地球人の集合意識は絶対に変化することがありません。
論点はここです。

勝手に置き換えて話題を変えてはなりません。
いま、最大級の集中力を持って取り組むべきは、この方向性を一(いつ)にし束ねること。

そのために、
ノイズから離れましょう、と指導を受けてきました。
そのために、
高い周波数こそが望ましい現実に合致するため、楽しく心地よく過ごしましょうと語られてきました。

これを実践してきた人たちは、
すでに意識・思考・思念が時差を経て顕現化することを理解できています。それはついに数式にさえも記述が可能になり証明された大法則であることまで理解を得ています。


自己顕示欲や自己承認欲求は、消滅することはありません。この地の仕組みですから。
だから、いつまでも苦しい。いつまでも厳しい。いつまでも辛い。
だから、何かと理屈をつけて外側という結果物を力でねじ伏せる。流れに抗うことがクセになっているから離れられない。
同じように、
悪・悪事もさまざまなネガな事象・周波数も消滅することがありません。それはこの地の両極の約束ごとだから。

けれども、
それを踏まえた上で、それを乗り越えて、望ましい周波数を選択する。
そうすればこそ、時差を経て望ましい結果物が顕現化する仕組み。

もうひとつ。
アタマで理解していても心がついてこない。それは自己承認欲求と自己顕示欲によって盛大に妨害されるからです。
けれども、
それを踏まえた上で、それを乗り越えて、望ましい周波数を選択する。


顕現化には時差が必要です。近年、その時差は極めて短絡化されてきました。肌で感じていますでしょう。
同じように、肌で感じてみます。
抱いた思考・描いた意識が顕現化する様子を明確に映像として描画してみるのです。アスリートのイメージトレーニングのように。

アタマで理解しているだけではなく、肌で感じるように。五感で感じるように。
地球人の意識が、こうして束ねられた瞬間に、この地の風景は変化してゆきます。
それが仕組みだからです。

もうこれ以上、逆噴射し続ける愚を重ねませんよう。




天地がひっくり返るその本意

IMG_0148_2026.webp

幹は完全に別。
しかし、根は土中で共存・共有しているはずです。


常に反対をしてばかりの地球人。
みんなひとつ...だから、みんないっしょだから。
みんなひとつ・みんな一等賞。だからみんな同じ価値観でなければならない。

ですが、幹は・枝は「完全に別」です。
人は、一人ひとりそれぞれの尊厳があり個性があり、別々であること。
みんな一緒ではありません。


他方、「根源」は共存・共有すべきであるところ、
奪い合い・争い、取り込み囲い込みばかりを繰り返し、数をより多く得たものが偉いという価値観しか持たなかった過去。

その昔、成人式という場において祝辞を述べたお偉い方。
人生の成功とは、いかに貨幣資産を築き上げ、いかに社会的地位を高めたかである。
などと語ったこと。
それはそれで、その時代の価値観であったのですから、今となってはもう過去のことはいらないわけです。

この部分、人間の芯の部分にこびりついた強烈な汚れでしょう。
浄化してもしても、いつまでも落ちない汚物。


染みついてもう絶対に落ちないのなら捨てるだけ。
学びとは、そういうことではないでしょうか。

魂の旅は永遠に学びです。それを否定していません。
けれど、小学校を卒業したのならもう小学校の教科書はいりません。
それなのに、
学びは永遠なんだから...、と、毎日毎日、掛け算・九九を暗誦して、あいうえおのひらがなばかりを百字練習帳に書き続ける。

それ、もういりません。
中学校に入ったのなら、中学校の教科書を学ぶのです。
学びは永遠。それは正しい。
けれど、学ぶ教材の「選択」を間違っているのでは?ということです。

ですから、小学校の教科書はもういい。もういらない。
それなのに、
その発想がダメだ、とか、その意識が波動を下げる。だとか。何をしても何を語っても、常に否定から入り、いつまでも欠乏と不足の周波数を生み続ける。

ここ、人間の芯にこびりついた古い価値観、まさに汚物のような「昔の教科書」だと認識ができていない可能性があること。俯瞰できていない可能性があります。


この根幹には、
「わたしは、まだまだ」「いえいえ、わたしにはまだ早い」などといった、一聴すると「たしなみ」や「遠慮」のような周波数を美徳として重んじてきたこの国独特の文化の影響もあるでしょう。
それは間違いではありませんでした。
けれど、ひとつの時代が変わる・動く時。というのは、価値観そのものが大転換するわけです。

成人式の祝辞は、その昔の時代には正しかったでしょう。けれど現在その発言をすれば大炎上するリスクさえ感じます。


大転換時期には、意識の総入れ替えが必須なのだと。
総入れ替えとは、
まさに、天地を入れ替えること。
そして、
いまの潮流・いまの主流である精神性を語る論説さえも、過去の延長線上に展開している限り「正しくない」可能性があることを。


共有すべきは根源の「根」であり、
個々を尊重し分離した認識で尊重すべきは「幹や枝」であること。

この時代は、天地ひっくり返るのです。
先人は、この部分を語っていたことに氣づく必要があります。




一期一会

白梅2026年2月photo 宮本章光

陳腐なワードが不要だと感じる瞬間。



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