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宮本章光/宮本陽の視点「開闢」And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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新しい波動へ

透き通るユキヤナギ photo 宮本章光

溢れ出る光。
光の粒。

静寂の中に。
そのフィルターを通し。
新しい波動へ。



その瞬間は静かに

花開く2026年春 photo 宮本章光

派手さは必要なく。
数も大きさも求められず。

その瞬間は、ひとり静かに。
その瞬間は、目に見えないほど穏やかに。



何も証明しなくてよい

そのままでよい photo 宮本章光

ファクトチェックせよ、エビデンスはあるのか...。
そんなワードからキッパリと離れます。

必要ないからです。
そもそも、初めから必要ありませんでした。


そうやって、他人に疑いや不信の波動を送って分断・分離と負のエネルギーを生み出すために仕組まれていたのでしょう。
人と比べる、そのためのSNSという仕組み。故意に作り上げられていたことまで。

そこで時間の消費者に落ちぶれ、負のスパイラルにみるも無惨に足を掬われてしまう。
そうでなくても、何らかの情報に触れた瞬間にそのエネルギーに合致し、その周波数を自分が増幅し、見えないフィールドに撒き散らしていることに氣がつきません。


そこに渦巻くエネルギーが見えるようになった...というと語弊がありますが、違和感が激しく生み出されている感覚を強烈に感じます。
ええ、プラットフォームそのものよりも、そこに存在している人の念に対して。

他方、
道端で見かける美しい花には、そういった念は一切感じません。
当たり前ですが。

そして、さらに教えてくれるようです。
何も証明しなくてよいですよ。と。

何も。
黄色い色が本当に黄色かどうか証明しないでしょ。と、暖かく伝えてきます。
いえ、勝手に妄想したもの・コトであったとしても、その周波数を意識している時点で、間違いなく顕現化する前の現実の源となるエネルギーがそこに生み出されています。


それを正直に受け止めてみる。
その姿勢こそが、この先の世に必要な行動ということではありませんか。
その姿勢そのものが、自分のこの先の世界を生み出してゆきます。

それは、すでに証明された大法則・物理法則そのものだったと。
けれど、それさえも証明する必要がなかったことまで。

必要ありません。
何も証明しなくてよいのです。



諸行無常

いまを生きる photo 宮本章光

この地においては、万物は永遠の存在ではありません。
寿命があるから、いまここに生きることを大切にできるという感覚を大切に。


「明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ」
という名言があります。
これは、
「生きる」ことの限界(物理実体としての体は永遠ではない)を意識することで、今日という日を大切にすることを教えているはずです。

それなのに、
フワフワ系の世界・語りで必ず出現するワードがあります。
「魂の存在は永遠だ」
「学びは永遠に続く」

一見(一聴すると)、美しく響きます。
語られていることは正しいでしょう。どこにも間違いはありません。
けれど、
この世では、間違いなく100パーセントの存在がその個体としての物理実体を無くす(地へお返しする)機会がやってきます。
まさに、地に足をつけて。と言われる所以です。(いえ、だからふわふわ系なのかも?...。)


魂は永遠であることは正しい。学びも永遠です。いずれも正しい。
だからこそ、
「いまを精一杯生きる」
ここが抜け落ちていませんか。です。ここを抜きにしていては本末転倒です。

永遠であることを叫び続けていても、どこにも成長が叶わないかもしれません。
永遠だという真実を掲げているだけでは、一向に進化も成熟も実現できない可能性さえあるかもしれません。


いまを目一杯生きること。
いまここの瞬間を正しく認識すること。

諸行無常。
それは、単に安泰な状況(権力者が力を維持する)はいつまでも続かない。という内容が語られているだけでなく、変化するからこそ、私たちは新しくやり直せると捉える観点をも忘れてはならないこと。
それは、
負の波長に苛まれても立ち上がり前向きに生きよ、という励ましのエネルギーが含まれているとともに、
そのためには、

「いま・この瞬間を目一杯生きる」
「いま・ここに与えられている環境を精一杯活かし続ける」こと。

だからこそ「在り方」を「整える」必要があるのではないでしょうか。



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