限られている体験から得る

狭い範囲しか見ていない。
狭い範囲だけで判断すると間違いとなることがある。
否定的に捉えることだけに注目している事例でしょうか。
ところが、
近視眼的発想ではなく、もっと長大な時系列と遠大な視野から観察してみます。
すると途端に、その「対比」の仕組みがもたらすメリットに理解が到達します。
「狭い範囲」という認識が、その対極にある「広い範囲・広大な広がり」に対して氣づかせてくれます。
同じように、
限られている体験をするからこそ、その限界を超えたところにあるものに意識が及びます。
これこそが、この地・この地球・今世・今生で体験する必要があったこと。
ともに認め、ともに尊重し、ともに味わう。
だからこそ、それぞれの大切さを理解できるのだと。
だからこそ、本物の感覚を知ることが可能になるのだと。
限られた風景から得られるもの。
その限界と枠組みを飛び超えて、意識を拡大してゆきます。
そこに、この先に望む世界を描き出してゆきます。
望ましい風景は、貴重な体験を積んだからこそ描くことが可能であること。
描き続けます。
抱き続けます。
望ましい世界が現実として具現化するまで。

わたしが感じた心、
「その一枚の中に込めた心」を受け止めていただける方々と、肩を張らず、ともに心から響き合える感動を共有してゆきたいと思っています。
それが、望ましい未来を創り上げる方法だと思うからです。
数を追い、人と比べる必要性。
それらを捨てたときに、初めて見えてくる風景を。
わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。
2023/09/14(Thu) 20:01:08 | New Age