「心に思い描き抱くもの」に責任を持つ

目の前に出現するのは「過去に自分が創り出した心の成果物」。
だから、
何を想うのか。
何を心に描くのか。
発言に責任を持つ。
それはすでに過去の言葉となり久しく、その次の時代を迎えているからこそ「思い描き抱くもの」に責任を持つ。
すべての根源は、ここにあること。
万物は、すべて思いから創り出されていること。
ここまで学び終えた人たちは、自ら望む「結果」を生み出すために「いま心に描く」氣持ちを・感覚を・感触を大切にするようになります。
それは、思慮不足で能天氣で、行き当たりばったりな生き方などでは決してなく。
そのように「望ましい近未来」が創り出されては困る、臣民を支配する権力者層が悪意を持って仕組んだ世の中に翻弄される愚は、もう繰り返しません。
過ちを二度と繰り返さないと誓うのは、いまここでこそでしょう。
それを今世・今生で学び体得すれば、晴れて卒業。
そしてこれからは、望ましい道を自分の心の力によって創造してゆきます。
すべての生き物、すべての生命とともに。

わたしが感じた心、
「その一枚の中に込めた心」を受け止めていただける方々と、肩を張らず、ともに心から響き合える感動を共有してゆきたいと思っています。
それが、望ましい未来を創り上げる方法だと思うからです。
数を追い、人と比べる必要性。
それらを捨てたときに、初めて見えてくる風景を。
わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。
2023/08/30(Wed) 20:02:51 | New Age