色々な道・さまざまな生き方

十人十色。
百人百色や千人千色…という言葉は存在しないでしょうが、それも良い感覚なのかもしれません。
人によって歩む道、求める行き先、それはさまざまでしょう。
よく語られるのは、
ゴールは同じ、道はさまざま。途中、どの道を通るかが、その人の学びだと。
いよいよ心の浄化と魂の成長が進んできた証でしょうか。
道だけではなく「ゴールもさまざまであってよい」のですよ。という言葉も増えてきたように感じます。
一つの考え方を述べるのか、哲学的回帰を求めるのか、はたまた大宇宙の摂理を論じるのか。
そのテーブルによって見解は千差万別だと思われるので、それをキチキチと分類・分析し、いつまでも討議する。
そうした時間を費やすのは、今後はもう居残り授業希望者だけで良いでしょう。
昨2022年、ある場において、
「時には苦味(にがみ)も必要だ」との言葉を受けたことがあります。
苦味は自分にとって過去のもの。もう苦味は要らない。
わたしはそのように判断し、過去の体験のための教科書として感謝の意とともに手放したはずの力だと感じていました。
ところが、
今後の自分の道では不要だと考えるその旧い力が舞い戻ってきたために、わたしは「過去に戻ったような氣分だ」と話したところ、その回答を受けたのでした。
これでは、永遠に無限ループから抜け出せません。
もちろん、必要だという人があって当然ですし、それを望むのも自由。
要は、みんな同じであることが当然。
そんな発想自体から卒業ですよ。というところがポイントなのですが。
--- 苦あれば楽あり。
--- 人生には苦味も必要だ。だから幸せになれるんだ。
こうした旧いレイヤーに存在していた意識。
こうした力は、体験と学びのためには必ず必要なものでした。それは事実です。
けれど、
それを「みんな同じ」であるという前提で留まったままで居るのは、もう終わりにしませんか。ということなのですね。
色々な道・さまざまな生き方。それぞれを尊重し認め合う。
そして、自分の道は、自分で切り拓く。
自分の心から描き出し、それを創造してゆく時代の幕開けです。
素晴らしい時代に入りました。
素晴らしい仕組みと素晴らしいシンクロ体験に感謝いたします。
わたしたちは一人残らず、
みな恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。
2023/05/19(Fri) 20:40:14 | New Age